著者は閉ざされた独裁国家・北朝鮮の実相を最もよく知る日本人である。10年以上に渡って専属料理人として金正日総書記に仕え、後継者とされる正恩氏の遊び相手も務めた。ロイヤルファミリーの裏の裏まで知り尽くした人物と言っていいだろう。
 北の後継者問題が取りざたされるなか、著者は早くから三男坊である正恩氏の名をあげ、その理由を具体的に述べていた。果たして、そのとおりになりそうだ。
 著者によれば、金正日ファミリーの実名については、側近たちの前でも明かされないのが原則のようだ。代わりに肩書で呼び合う。正恩氏は「チャグン・テジャン(小さい大将)」と呼ばれていたという。
 では、いつ、どのようにして著者は「ジョンウン」という本名を知り得たのか。正恩氏が漢字の勉強をしている時、母である高英姫夫人が通りかかった。「ジョンウン、だめよ、自分で考えなきゃ」。夫人が何気なく口にした一言に著者が鋭く反応したのは言うまでもない。
 また成長してからの正恩氏のエピソードについては為政者の資質を占えるものも数多くある。
「北の後継者 キム・ジョンウン」 ( 藤本健二著・中公新書ラクレ・720円)

 2冊目は「再起力」( 鈴木桂治著・創英社/三省堂書店・1500円)。 アテネ五輪の金メダル、目標であり、ライバルだった井上康生との名勝負、北京五輪での惨敗と現役続行…。歓喜の峰も失意の谷も経験した柔道家の人生哲学。
 3冊目は「無知との遭遇」(落合信彦著・小学館101新書・720円)。 飲食店でビールにハエが入っていた。フランス人は怒って店を出る。ドイツ人は冷静にハエを取り除いて飲む。米国人は店に損害賠償訴訟を起こす。では日本人は?

<上記3冊は2010年10月20日『日本経済新聞』夕刊に掲載されたものです>
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