第11回「人が集まり、子どもが遊べる場所を」ゲスト仙田満氏
二宮清純: 今回のゲストはMAZDA Zoom-Zoomスタジアム広島(マツダスタジアム)、長崎スタジアムシティなど、さまざまなスポーツ施設を手掛けてきた建築家の仙田満さんです。
仙田満: どうぞ、よろしくお願いいたします。
二宮: 昨年10月にオープンした長崎スタジアムシティは、サッカーJ1のV・ファーレン長崎のホームスタジアム「PEACE STADIUM Connected by SoftBank」はもとより、スタジアム直結のホテルや多目的アリーナ、オフィス棟、ショッピングモールなど多数のテナントが入居する複合施設です。サッカーのスタジアムでホテルが備えつけられているのは国内初です。
仙田: その通りです。あと私の方で提案したのは、サッカー場のコンコースを日常的に解放すること。これは世界でも初めての試みなんです。
二宮: 試合がない日は、地域住民が遊べるわけですね。
仙田: はい。コンコース全体が屋根付きの公園になっています。私はマツダスタジアムと同じくまちに開かれたスタジアム・アリーナを提案しました。
二宮: 仙田さんは、複数の道や広場を組み合わせた「遊環構造」というデザインコンセプトを提唱しています。子どもたちが遊びやすい、そしてスポーツをしやすい環境が必要だと。最近の子どもは、スマホなどの普及により外で遊ぶことが少なくなってきていると言われています。子どもは外で遊んだ方が、成長にも繋がるということでしょうか?
仙田: そうだと思います。脳科学の進歩によって、人間の脳は8歳頃までに約90%が形成されることがわかっています。遊ぶことを通して子どもたちは身体性、社会性、感性、創造性、挑戦性が育まれていくんです。
二宮: こうした現状を、伊藤さんはどうとらえていますか?
伊藤清隆: 我々の小さい頃、近所の子どもたちは、学校が終わると神社の境内に必ず集まり、そこでいろいろな遊びをしました。ところが今は、子どもたちの居場所がなくなりつつある。我々のスポーツスクールもひとつの居場所だと考えています。スクールに来ることによって、承認欲求が満たされ、“仲間がいる”という安心感が得られる。我々も仙田さんがおっしゃったように、9歳前後までが性格の形成期と考えています。
“体験格差”解消へ
二宮: いわゆる“体験格差”が生じているというわけですね。自然の中で遊ばせるのが一番いいんでしょうが、それが難しければ、疑似的な環境をつくっていかなくてはならない。リーフラスではスポーツスクールに遊びを取り入れたりしているのでしょうか?
伊藤: もちろんです。さまざまな体験イベントを提供しています。たとえば自然体験や農業体験。具体的にはスポーツスクールの自然体験合宿として、ワカサギ釣りなどが体験できます。おかげさまで参加者やその保護者には大変好評です。
二宮: それによって子どもたちに変化が現れたりしますか?
伊藤: それはもう間違いなくありますね。スポーツスクールの合宿にも鬼ごっこやレクリエーションをふんだんに織り込んでいます。もちろんスポーツ合宿なので練習もしますし、試合も組みます。それ以外の時間に遊びの要素を組み込むことで、子どもたちには合宿をより楽しんでもいらいたいと思っています。
二宮: 今、鬼ごっこの話がでましたが、昔は“ごっこ遊び”がたくさんありましたね。
仙田: 真似るということは大事なことですね。フランスの社会学者ロジェ・カイヨワが、遊びには真似る、競争する、偶然性、めまいの4要素があると言っています。そのうちの真似るは、子どもにとって“ごっこ遊び”。芸術的な感性が磨かれるということです。
二宮: 最近は“あれをやっちゃいけない、これをやっちゃいけない”という風潮が強くなってきました。どうも窮屈な時代になってきたとの印象が拭えません。
仙田: 今年1月末に厚生労働省が発表した小中高生の自殺者数は統計がある1980年以降で過去最多527人となったそうです。私は長年子どもの成育環境整備に取り組んできて、子ども環境学会の代表理事を務めています。学会をつくってから20年以上が経ちましたが、この数字には非常に危機感を覚えています。
二宮: スポーツの語源はラテン語の「deportare」(デポルターレ)。「気晴らし」「遊び」を意味します。先ほど話に出た遊びの4要素は、すべてスポーツの中に入っていますよね。
仙田: 鬼ごっこは、ある意味スポーツの原型と言ってもいいかもしれませんね。
目的なくとも向かう場所
伊藤: 日本の場合、公的な場所が民間に解放されてないという現状があります。例えば自治体が保有しているグラウンドを借りる際、ボランティア事業ならタダですが、株式会社だと使用料金が高くなることがある。営利と非営利との間の壁が高過ぎます。
仙田: よく分かります。少し前までは、公園内に飲食施設をつくってはいけないと公園法がありました。地方によっては「民業圧迫」を理由に認めないところもある。この30年間で、公園の利用率は、10分の1ぐらいに減っている。先ほども話に出ましたが、もうとにかくあれはダメ、これはダメで、“一体何ができるの?”という公園が増えました。
二宮: おっしゃる通りですね。ゴルフ禁止、サッカー禁止、キャッチボール禁止……。もう寝るしかない(笑)。
仙田: 安全な公園をつくるには、公園内に大人の目を入れるべきです。カフェなら従業員、お客さんがいます。
二宮: リーフラスのスポーツスクールは会員以外の人が見学に来ることも可能なんでしょうか?
伊藤:もちろんです。スクールには一般の方も保護者の方もよく見に来られます。子どもは見られることがモチベーションにつながる。指導者にとってもポジティブな効果がある。別の視線が入ることで、いい緊張感が生まれるんです。
二宮: 伊藤さんはスポーツスクールで子どもの成長を見守ってきた。今後、ご自身でこういう環境をつくりたいというお考えは?
伊藤: 今は、各自治体が持っている施設をお借りし、イベントやスクールの運営を受託させてもらっています。イベントに地域住民を呼び、地元の指導者を雇用する。それを地域の活性化に繋げていくことは、今後もどんどんやっていきたいと考えています。その中で、仙田さんがデザインされているような、行くだけで楽しい空間、施設がもっと増えていけばいいと、あらためて感じました。
仙田: 私は図書館であれ、スタジアム・アリーナであれ、たとえば本を借りに行くとか、スポーツを観に行くなどの明確な目的がなくとも、遊びに行きたくなる施設を作りたいと思っています。あそこに行ったら楽しいし、出会いがあるというような場です。私が設計した石川県立図書館も本を探すのではなくて、とにかく歩き回りたくなるような造りになっています。サッカースタジアムも野球場も同じです。そうやって人が集まり、交流を深められるような居場所をたくさん造ることが重要ではないでしょうか。
(鼎談構成・写真/杉浦泰介)
<仙田満(せんだ・みつる)プロフィール>
1941年、神奈川県出身。建築家。東京工業大学名誉教授。株式会社環境デザイン研究所会長。東京工業大学工学部建築学科卒業後、菊竹清訓建築設計事務所に入所。68年に環境デザイン研究所を設立。1978年の毎日デザイン賞を皮切りに多数の賞を受賞した。複数の道や広場を組み合わせた「遊環構造」という建築コンセプトを提唱している。子どもにとって遊びやすい空間を研究し、導き出した空間構造を、MAZDA Zoom-Zoom スタジアム広島など様々な建築で生かしている。主な著書に『こどもを育む環境 蝕む環境』(朝日選書)、『遊環構造デザイン 円い空間が未来をひらく』(放送大学叢書/左右社)などがある。
<伊藤清隆(いとう・きよたか)プロフィール>
1963年、愛知県出身。琉球大学教育学部卒。2001年、スポーツ&ソーシャルビジネスにより、社会課題の永続的解決を目指すリーフラス株式会社を設立し、代表取締役に就任(現職)。創業時より、スポーツ指導にありがちな体罰や暴言、非科学的指導など、所謂「スポーツ根性主義」を否定。非認知能力の向上をはかる「認めて、褒めて、励まし、勇気づける」指導と部活動改革の重要性を提唱。子ども向けスポーツスクール会員数と部活動支援事業受託数(累計)は、2年連続国内No.1(※1)の実績を誇る(2023年12月現在)。社外活動として、スポーツ産業推進協議会代表者、経済産業省 地域×スポーツクラブ産業研究会委員、日本民間教育協議会正会員、教育立国推進協議会発起人、一般社団法人日本経済団体連合会 教育・大学改革推進委員ほか。
<二宮清純(にのみや・せいじゅん)プロフィール>
1960年、愛媛県出身。明治大学大学院博士前期課程修了。同後期課程単位取得。株式会社スポーツコミュニケーションズ代表取締役。広島大学特別招聘教授。大正大学地域構想研究所客員教授。経済産業省「地域×スポーツクラブ産業研究会」委員。認定NPO法人健康都市活動支援機構理事。『スポーツ名勝負物語』(講談社現代新書)『勝者の思考法』(PHP新書)『プロ野球“衝撃の昭和史”』(文春新書)『変われない組織は亡びる』(河野太郎議員との共著・祥伝社新書)『歩を「と金」に変える人材活用術』(羽生善治氏との共著・廣済堂出版)、『森保一の決める技法』(幻冬舎新書)など著者多数。
※1
*スポーツスクール 会員数 2年連続国内No.1
・スポーツ施設を保有しない子ども向けスポーツスクール企業売上高上位3社の会員数で比較
・会員数の定義として、会員が同種目・異種目に関わらず、複数のスクールに通う場合はスクール数と同数とする。
*部活動支援受託校数(累計) 2年連続国内No.1
・部活動支援を行っている企業売上高上位2社において、部活動支援を開始してからこれまでの累計受託校数で比較
・年度が変わって契約を更新した場合は、同校でも年度ごとに1校とする。
株式会社 東京商工リサーチ調べ(2023年12月時点)