右脇腹痛で出遅れた埼玉西武・岸孝之が5月21日、交流戦の対中日戦で今季初勝利を挙げた。5回2失点。ベンチはコンディションを見ながら球数を増やしていく方針のようだが、この男の復活なくして巻き返しはあり得ない。

 次の数字を見れば明らかなように入団以来、コンスタントな成績を残している。
 07年 11勝7敗 防御率3.40
 08年 12勝4敗 防御率3.42
 09年 13勝5敗 防御率3.26
 10年 10勝6敗 防御率3.25
 入団以来、4年連続での2ケタ勝利は、西武ではあの松坂大輔(レッドソックス)でもできなかったことだ。先発投手の証しとして、本人もこの記録にはこだわりを持っているようだ。

 岸の右肩が悲鳴を発したのは昨年6月のことだ。シーズンに入ってから生じていた「違和感」が「激痛」へとかわり、ついには我慢の限界を超えた。
 ヒジに比べ、肩の故障は長引くというのが球界の定説である。1年や2年、シーズンを棒に振ることも珍しくはない。
 診断の結果「炎症」だったとはいえ、復帰までには約2カ月半かかった。6月末までに9勝(5敗)を挙げ、最多勝候補の声もかかっていただけに、本人はさぞかし無念だったことだろう。
 だがモノは考えようだ。「(故障によって)自分を知ることができた」と岸は前向きなコメントを口にした。
「あれから体のことにも興味を持ち始めました。大学時代にはマッサージもほとんどしたことがなかったし、もちろんリハビリについての知識もなかった。酸素カプセルも貸してもらいました。こういう治療法があるんだな、こういう先生方がいるんだなということを知っただけでも、僕にとってはいい経験だったと思います」

 岸といえば代名詞はカーブだ。近年、彼ほどブレーキの利いたカーブを投げるピッチャーはいない。
「岸のカーブは上に“飛ぶ”んですよ。リリースポイントからポーンと浮き上がる。その瞬間、こちらの視線も浮く。こうなってはもうお手上げですね。じゃあ、“そのカーブを狙え”と言われるかもしれないけど、岸は真っ直ぐもいい。スピードは大体142キロから143キロくらいだと思うんですけど、恐ろしくキレがある。カーブを待っていて、あのストレートは打てない。非常に的を絞りにくいピッチャーです」
 以上は東北楽天の大ベテラン、山崎武司の岸評である。

 身長180センチ、体重68キロ。マウンドに上がれば、この細身をムチのようにしならせる。
 一度、インタビューしたことがあるが、「水もしたたるいい男」だった。
 西武の伝統なのだろうか。かつては郭泰源、潮崎哲也、現役では西口文也、涌井秀章、そして岸……。このチームには細身の好投手が多い。3年ぶりのV奪回は彼の右腕にかかっていると言っても過言ではない。

<この原稿は2011年6月12日号『サンデー毎日』に掲載されたものです>

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