北海道日本ハムは、なかなか魅力的なチームである。なんたって、日本一の大エース、ダルビッシュ有がいる。ストレートが常時150キロを超える変化球投手。投手の理想形でしょう。見ているだけで、十分に幸せになれる。
 打者には、ようやく開花し始めた“怪物”中田翔。ド派手に打ったりド派手にスランプに陥ったり、見る者を飽きさせない。糸井嘉男も稲葉篤紀も、実に味のある好打者である。故障して調整中だが、投手陣にはあの斎藤佑樹もいる。クローザーは武田久。1番セカンド田中賢介も逸することはできない……。とまぁ、多士済々なのだが、序盤戦、例年以上に注目を浴びた投手がいる。武田勝である。
 先発登板試合で、味方が5試合連続完封負け。1失点か2失点の好投を続けたのに連敗して、そんな変わった記録で話題となったのだ。
 武田勝は、ダルビッシュとは対極にある投手である。左腕で小柄で、球が遅い。ストレートのスピードガン表示はたいてい130キロ。131キロのこともあれば、129キロだったりもする。なんで、こんな投手がプロで通用するのだろう。初めて見たら、誰もがそう思うのではないだろうか。
 なぜ通用するのか。もはや私ごときがここで説明するまでもない。既に多くの評論家が解説してくれている。それを総合すると、だいたい、以下のようにまとめられるだろう。
 まず、コントロールがいい。四隅にきっちり投げ分けられる。
 スライダーが独特で、曲がりも大きく、極めて打ちにくい。
 チェンジアップが鋭い。
 ストレート、スライダー、チェンジアップのフォームが全く同じで、打者には非常に見極めにくい。
 バックスイングが独特で小さく、ボールの出所がわかりにくい。
 身体が小さくても、ボールが遅くても、これだけの条件がそろえば、プロ野球で十分に活躍ができるという、お手本のような投手である。

 5月29日、日本ハム対広島カープ戦。両チームの先発は、武田勝と前田健太であった。
 両先発とも抜群の出来で好投し(広島の場合は、貧打という面も手伝って)、4回まで0−0。勝敗を分けたのは5回である。
 5回表、広島の攻撃。先頭の丸佳浩がセンター前ヒット。スライダーなのだと思う。もしかしたら、チェンジアップなのかなという気もしたが、要するにそのくらい見分けがつきにくい変化球である。
 小窪哲也が送って、続く山本芳彦は、アウトローのチェンジアップにうまく食らいついて左中間ヒット。1死1、3塁。石原慶幸凡退後、會澤翼には、インハイを狙ったストレートが死球になって2死満塁。
 どんなに好投していても、1試合に1度はこういうピンチがくる。先発投手の宿命である。ましてや、運悪く勝てない投手なら、なおさらだ。こういうところで失点してしまうのだろうな。少なくともそういう予感のする状況である。

 打席には1番・梵英心。正直なところ、ライト前ヒットくらいかな、と思った。さぁ、武田勝、どうする。
 セットポジションに入って、投げた。梵、待ってましたとばかりに打ちに出る。打球はホームベースのあたりでワンバウンドして力なく跳ね上がる。これを捕手・大野奨太が捕ってホームベースでフォースアウト。最大のピンチ(のはずだった)は、たった1球で、あっけなくチェンジとなった。
 この試合、1−0で日本ハムが勝つのだが、勝負を決めたのは、間違いなく梵へのあの1球である。
 アウトローのチェンジアップだと思う。梵には途中までストレートに見えたのではないだろうか。だから、ボールの上面を叩いて捕手前にワンバウンドする打球になってしまった。これぞ、武田勝の真骨頂なのだろう。

 一方の前田健。その裏、中田翔はスライダーでキリキリ舞いさせたが、稲葉にカーブをライト前に。ここまでは仕方がない。どんな投手も、全試合ノーヒットノーランというわけにはいかないのだから。
 もったいなかったのは続くホフパワーである。スライダーが甘く入った。これを捉えられて1、3塁に。前田の生命線は、スライダーである。この日も、糸井や中田らにはスライダーで全くバッティングをさせなかったのだが、この1球だけ、この日、唯一の失投だった。
 打席には、伏兵・今浪隆博。もちろん、抑えてもなんの不思議もない。三振の可能性も十分にあった。ただ、前田も4月に2勝して以来、勝ちに見放されている。ここは慎重にいかなければならない。で、勝負球に選択したのは、ストレートでもスライダーでもなかった。チェンジアップである。このチェンジアップは、左打者の今浪から逃げるようにグイッと曲がり落ちたように見えた。今浪のバットがこれを捉えてレフト前タイムリー。1点先制。打たれた直後の捕手・石原の仕草が象徴的だった。思わずミットを叩きつけたように見えた。くそ、スライダーにしておけば……と思ったか。
 前田健の名誉のために、もう一つ書いておこう。7回裏に再び今浪を迎えた打席である。初球カーブでストライク。2球目、前の打席と同じチェンジアップを投げてショートゴロ。あのチェンジアップは間違ってなかったのだ、と自ら証明したように見えた。

 前田健は、昨年の大活躍の疲れが残っているせいか、開幕直後は、調子が上がらなかった。しかし、5月後半から、ようやく大ブレイクした昨年の状態を取り戻しつつある。
 武田勝と同じく、どちらかといえば小柄、細身だが、ストレートは147〜148キロ出るようになった。そして切れ味鋭いスライダー。大きく割れ落ちるカーブ。
 どちらも、見応えのある投手である。どちらが好きか、それは個人個人の趣味、ないしは生き方の問題でしょう。
 個人的には、マエケンの明快さが好きだ。速いストレートを投げたい。デカいカーブを投げたい。チェンジアップはスライダーと逆方向にグイッと曲がり落ちて欲しい。そういう投手としての本来的な欲望をあらわに、露骨に見せてくれる。オレもこういうボールを投げたいよな、と思わせる。

 武田勝は、むしろ、そういう明快さを拒否している。スライダーなのかチェンジアップなのか、素人目にはわからないような究極の技術で勝負している。130キロのストレートでも、十分に打者を抑え込むことができるのは、いわば、投手としての欲望を、打者にも、見る者にも決して見破らせない技術のなせる技である。
 その境地に感嘆しつつ、でもどこかで、マエケン的明快さがもっと世にあふれてくれないものかと期待する自分がいる。出口の見えない未曾有の世上。無惨な政治ではなく、もっと明快なるものを!

上田哲之(うえだてつゆき)プロフィール
1955年、広島に生まれる。5歳のとき、広島市民球場で見た興津立雄のバッティングフォームに感動して以来の野球ファン。石神井ベースボールクラブ会長兼投手。現在は書籍編集者。
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