あの古田敦也がトライアスロンにはまっている。
 ゴールデングラブ賞10回、ベストナイン9回。「ミスタースワローズ」と呼ばれた球界を代表するインテリジェンスな彼が体力の限界に挑戦しているのだ。瞬発力とスキルを必要とされる野球、持久力とタフな精神力を要求されるトライアスロン。同じスポーツでも真逆に位置するスポーツをまたぐのは珍しい。
(写真:昨年5月、初のトライアスロンに臨んだ古田氏)
 なぜこのタイミングで「トライアスロン」だったのか?
「きっかけはジャストギビングというチャリティサイトでした。何かにチャレンジしないと寄付を集めることができないということになり、何をするかという議論の中で“トライアスロンがいいのでは”と言われたんです。最初は考えられなかったのですが、話しているうちに“フルマラソンは完走したことがあったのでトライアスロンにも……”とチャレンジしてみようと決めました」 と語る古田氏。
 そんな訳で2010年5月のホノルルトライアスロンへのデビューが決まった。

 レースまでの半年間、苦手のスイムを中心にトレーニングを積んで臨んだホノルルトライアスロンはどうだったのか?
「とにかく野球ばかりやっていて、スイムが苦手だった。意識の中でも“なんとかスイムを”という感じだったので、スイムを終えた段階でもうへとへとだった記憶があります。だからランに力が残ってなくきつかった」
 そう言いながらも、3時間をきる好タイムでフィニッシュ。さすがに陸上に上がってからの身のこなしは周りをうならせるものがあった。「でも、皆さんは持久系で細いでしょう。僕は野球人の中では細いほうなんだけど、あそこでは凄く大きくて“これはいかんな”と思った」と競技特性の違いをまざまざと感じたよう。
 それでも、その秋にはロスアンゼルスで行われた大会にも出場し、ますますトライアスロンへの熱を高めていった。
(写真:ホノルルの海を横に走る)

 そして今年3月には肘の手術を受けた。野球選手にはありがちな肘の故障だが、すでに現役を引退している古田氏には手術する必要はないのでは……?
「確かに日常生活には支障なかったけど、ロスの大会のスイムで肘がうまく使えないので溺れそうになったんです。あの時はほんとうに“やばい”と思いましたよ。それで、トライアスロンをするためには肘を治そうと思ったのです」
 つまり野球人の古田氏は野球のためでなく、トライアスロンのために肘にメスを入れたということになる。

 それほどまでにこのスポーツに熱を高めた古田氏の次なる目標は9月に開催される「アイアンマン70.3セントレア常滑Japan」という、日本で唯一のアイアンマン70.3シリーズの1戦だ。スイム1.9km、バイク90km、ラン21kmと今までチャレンジしていたオリンピックディスタンスの倍近い距離となる。競技を始めて2年目にして大きなチャレンジに挑む。
「トライアスロンに3度挑戦して少し余裕ができてきたんですね。ちょっと次のチャレンジをしてみたいなと。この大会は去年から誘われていたんですが、断っていたんです。でも、そろそろ出ないとずっと言われそうなので……(笑)」。楽しそうに話すその顔には、自ら進んでこの道を選んでいることを表す笑みがこぼれる。
「自信なんて、全くなにもないですよ。全てが不安です。今回は、まだ練習のできていないアップダウンがあるバイクコースが課題かな……。だから今回はタイムというより完走を目標としたいんです。きっとタイムを気にすると、気負ってフィニッシュできなくなる気がするんですよね」と謙虚な姿勢を崩さない。

「そもそも野球は瞬発力を鍛えるトレーニングと技術を高める練習ばかり。プロ野球で18年間プレーしましたが、5キロ以上長い距離を走ったことがありません。持久力を高めるための地道な努力は僕を含めて野球選手全般に苦手なのですよ」
 そんな彼が9月にどんなパフォーマンスを見せてくれるのか楽しみだ。

 レースが開催される常滑市は愛知県の知多半島に位置する。
「僕はトヨタ自動車で2年間働いていたので、愛知県には愛着があるんです。その愛知で走れることはなにかのめぐり合わせ。慌てずに確実にフィニッシュを目指したいと思います」と語るその目は、不安というより新たな挑戦を楽しみにしている少年のようだった。

 立場が変わっても、自らに挑戦し続ける古田氏。9月の常滑ではぜひフィニッシュ後のコメントを聞かせてもらおうと思っている。
(写真:レース後の充実した表情。常滑でこの笑顔が見られるか)

 >>アイアンマン70.3セントレア常滑ジャパン サイト

白戸太朗(しらと・たろう)プロフィール
 スポーツナビゲーター&プロトライアスリート。日本人として最初にトライアスロンワールドカップを転戦し、その後はアイアンマン(ロングディスタンス)へ転向、息の長い活動を続ける。近年はアドベンチャーレースへも積極的に参加、世界中を転戦している。スカイパーフェクTV(J Sports)のレギュラーキャスターをつとめるなど、スポーツを多角的に説くナビゲータとして活躍中。08年11月、トライアスロンを国内に普及、発展させていくための新会社「株式会社アスロニア」の代表取締役に就任。『仕事ができる人はなぜトライアスロンに挑むのか!?』(マガジンハウス)が発売中。
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