日本中を元気にしてくれた「なでしこJAPAN」。震災後、いいニュースが少ない日本国内に、本当に嬉しい明るい話題だった。普段はサッカーのことなど語らない、いや興味がない主婦までもが「なでしこ」の言葉を語るのは、いかにこのニュースが皆を惹きつけたかを物語っている。しかし、一部スポーツ関係者の間では「この光景どこかで見たよね……」と心配する声が。そう、北京オリンピック後のソフトボールである。あの時はワイドショーまでもが、ソフトボールを語り、選手の生い立ちや、家族をフィーチャーしていた。しかしあれから3年、いまやソフトボールを見る人、語る人はどれだけいるのだろう……。そして今の女子サッカーは、「まさにあの現象と同じ」と心配する声も一部では上がっている。
「なでしこJAPAN」がワールドカップで一躍注目を集めたのは準々決勝、ドイツ戦の劇的勝利だろう。世界の強豪国であり、自国での開催と、日本にとって厳しいアウェー状況の中でドイツを打ち破ったのは素晴らしいことで、世界に誇れる勝利だった。ドイツ国内では「アメリカとの勝負」であるはずだったワールドカップで、まさか日本に負けるなど想定になかったようで、サポーターの驚きと落ち込みは激しかった。ここから日本国内でも一気に注目を集め、その後の輝かしい功績はここに書くまでもない。震災、原発問題とネガティブな出来事が続いた国内に大きな勇気と希望を与えてくれたし、この活躍にケチをつけるつもりなど全くない。しかし、この異常な盛り上がりが非常に危うい感じを覚えるのである。

 思い返せば、北京オリンピック。切磋琢磨した技とフィジカルを持ったソフトボールの日本代表は、素晴らしい結束力と精神力で強豪アメリカを破り、日本に栄冠をもたらした。その後、国内ではその話題で持ちきりになり、スポーツメディアはもちろんだが、一般メディアでさえソフトボールを持ち上げ、選手の故郷や昔の恩師、仲間がワイドショーの常連になった。その後も、スポーツニュースで、国内リーグでの上野由岐子投手の登板を報じるなど、スポーツとして広く認知されたかと思われたが……2年後にはソフトボールを取り上げるメディアなどほとんどなく、このスポーツがオリンピックから消えていくことに異論を唱える人さえも、いやそんな事実さえ知らない人も多い。あの時「こういうスポーツを我々がもっと注目して取り上げていかないと」と語っていたメディアはいまや「なでしこ」に夢中だ。

 そして今回の女子サッカーである。ドイツに出発する時の見送りは10数人、しかし帰国時の大盛況ぶりはご存知の通り。ワイドショーでは選手の故郷や出身校、生い立ちが報じられ、メディアではしたり顔で「報奨金が少なすぎる」「こんなスポーツをもっと応援しないと」と語っている。あれっ、これってあの時と……。

 ちなみにまだ国内女子サッカーの「なでしこリーグ」ではほとんど有料試合が成立しない。つまりお金を取ったらお客さんが入らないのだ。それに比べて男子のサッカーはJ1クラブになると年間10億円以上のお金を出し入れするビジネスモデル。CSなどの中継もあり、露出も多少あるがそれでもスポンサー獲得は困難で、チーム経営が厳しいのは周知の事実だ。男子でさえ、こうなのに、お金も取れない、露出も少ないスポーツのチームをどうやって運営するのか。そしてそんな経営状態を考えると、どうやって報奨金を積み増ししたり、選手の雇用条件を改善していくのか……。言うは易しだが、現実は相当厳しい。

 今回のブームの後、しばらくは話題になると思うが、きっとなでしこリーグは全試合を有料化できないし、中継が入ることも多くないだろう。そして、メディアも新しいヒロインを追うのに忙しくなり……。行く末が見えるようで切ない。この熱がある数カ月に何が出来るのか。関係者は英知を結集し、種を植えて欲しい。

 アメリカで生活した人なら皆さん知っているだろう。休日、公園のグラウンドにはかならず女の子がサッカーをしているシーンがある。逆に男の子のサッカーをしているのが記憶に残っていないくらい、当たり前のように女子サッカーなのだ。だからこそ150万人を超える競技人口があり、広い裾野に支えられている。世界王者にはならなくとも、あの国が女子サッカーの中心で進んでいくことは間違いないだろう。比べて競技人口約5万の日本。素晴らしい代表が王座を勝ち取ったが、その足元は細く危うい。今回で優勝が基準になってしまったら、ロンドン五輪で負けた時の非難は目に見えている。しかし、絶対的に優勝できるだけの力の差がないことは関係者なら皆分かっているはず。頂点を維持することも大切だが、ここから足元を固め、裾野を広げていく作業が必要となる。そう、今回の優勝はゴールではなく、日本女子サッカーの新たなステージのスタートなのだろう。

 今回の盛り上がりが一時のブームなのか、出発点なのか。
 日本のスポーツ力が試される時がやってきているのかもしれない。

白戸太朗(しらと・たろう)プロフィール
 スポーツナビゲーター&プロトライアスリート。日本人として最初にトライアスロンワールドカップを転戦し、その後はアイアンマン(ロングディスタンス)へ転向、息の長い活動を続ける。近年はアドベンチャーレースへも積極的に参加、世界中を転戦している。スカイパーフェクTV(J Sports)のレギュラーキャスターをつとめるなど、スポーツを多角的に説くナビゲータとして活躍中。08年11月、トライアスロンを国内に普及、発展させていくための新会社「株式会社アスロニア」の代表取締役に就任。『仕事ができる人はなぜトライアスロンに挑むのか!?』(マガジンハウス)が発売中。
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