BR東京・中楠一期、黒羊軍団の司令塔はライン際の魔術師!? ~リーグワン~
リーグワンのリコーブラックラムズ東京のSO中楠一期は、ここまでの8試合中7試合で「10」を背負っている。冷静沈着なゲームメイカー。昨年10月にはジャパンにも召集された24歳だ。
ジャパンのエディー・ジョーンズHCが昨年秋、中楠を代表合宿のメンバーリストに入れた際、こう評していた。
「我々の求めているスタイルに合ったプレーができる。ラインに仕掛けながらのプレー、勇気を持ったアタック、エネルギッシュなプレーを見せられることを評価した」
ジャパンの指揮官が言う「ラインに仕掛けながらのプレー」は中楠自身も強みとしている点だ。
「結構スキルには自信があります。特に手元のスキル。そのおかげで相手と接近しながらも余裕を持ってプレーできる」
慶應義塾大学から入団し、ルーキーイヤーの昨季はリーグ戦9試合で先発SOの座を勝ち取った。NECグリーンロケッツ東葛(D2)との入れ替え戦は第1、2戦でフル出場し、D1残留に貢献。秋の代表活動では初キャップこそ刻めなかったものの、欧州遠征にも帯同した。今季もここまで第5節を除く7試合で先発出場を果たしている。彼の魅力はアタックのスキルのみならず。ライン際のディフェンスがキラリと光る。
今季チームの初白星を呼び込んだのは、彼のディフェンスだった。東京・秩父宮ラグビー場で行われた第2節の東京サントリーサンゴアス戦だ。スコアはブラックラムズが33-32とリード。電光掲示板の時計は80分を回っていた。ラストワンプレー。メインスタンド側の左サイドで、サンゴリアスのFB河瀬諒介にボールが渡った。トライエリア(インゴール)左隅目がけて猛進する河瀬を中楠は追いかけ、タックルを見舞った。河瀬はトライエリアに飛び込んだ。
サンゴリアスの劇的な逆転劇かと思われたが、中楠が掴んだ河瀬の左足がボールを置くより先にラインを割っていた。この瞬間、ノーサイドの笛が鳴り、殊勲の背番号10にチームメイトが駆け寄った。
相手をなぎ倒すようなタックラーではない。身長174cmと大柄でもない。それでもライン際で身体を張って相手のアタックをせき止める。東京・江東区夢の島競技場での第8節、浦安D-Rock戦でも強力なランナー相手に臆せずディフェンスしていた。
「ボールを持っていない時にどれだけハードワークできるかは、大学時代からずっと意識してきました。今日、エッジでタックルしたのも、(相手のアタックを)読み、“こっちにきそうだな”と思った時に予測して走った」
勇敢と蛮勇は違う。中楠は頭を働かせながら狙いを定めている。
「チームのバランスを整えることが第一なので、システムの中にいることは前提です。その上で“ここが次(のプレーで)足りなくなりそうだな、と感じた時に動くんです」
タッチライン際で相手を掴んだら外へと引きずり込み、攻撃の流れを遮断する。
ただ、この日は読みの鋭さが裏目に出た。前半34分にはノーボールタックルによりイエローカードを提示された。グラバーキック(グラウンダーのキックパス)に反応したD-RockのWTBケレブ・カヴバティがボールを前に蹴り出したため、勢い余って止めにいってしまったのだ。不要な反則ではあったものの、同時に中楠の危機察知能力の高さも感じられたプレーだった。
一時退場中も「次に必要なことを考えていました」と冷静に戦況を見極めていた。後半4分に戦線に復帰。ブラックラムズのアタックを加速させ、4トライに繋げた。中楠の落ち着いたプレーぶりは大学時代に身に付けたものだという。
「職業病に近いところはあると思いますが、小さい頃は感情的だったりもしたんです。10番をやっていく中、慶應(大学)時代に監督だった栗原徹さん(現D-Rocksコーチングコーディネーター)からラグビーとは、こういうものということをたくさん叩き込んでもらった。そこで感情よりも、次に必要なことを考え、状況を読むことの大切さを学びました」
試合後、ブラックラムズのタンバイ・マットソンHCに話を聞いた。
「彼の強みの一つは、いいディフェンダーであること。すごく勇敢でディフェンスにコミットしてくれています。10番はアタッカーに狙われるポジションでもあり、今日であれば(CTB)サム・ケレビなど重いプレーヤーたちが突っ込んでくるポジションです。その中でしっかりと勇敢なディフェンスを見せてくれたと思います」
ハーフ団を組むTJ・ペレナラも指揮官の評価に首肯する。
「HCと同意見です。ディフェンスの局面で勇気を見せてくれて、一番大きい選手が突っ込んでくることも気にしません。彼のインサイドでディフェンスをしているので『もし一期が抜かれたとしても、僕が対応する』というコミュニケーションも取っています。それも彼の自信につながればいいな、と思っています」
オールブラックス(ニュージーランド代表)で通算89キャップを記録した33歳は、9歳下の“相棒”をこう見ている。
「一期のゲームマネジメント面での成長も今はすごくいい。自信もついてきて、周りの選手も彼のことを認めている。若い選手たちがこのレベルでプレーするとき、自分に対する自信を持ちづらい場合がある。でも彼のリードの仕方を見ていると、自信を持ってプレーしていると感じます。僕も彼の成長過程の一部となって、手助けができればと思っています」
本人の実感はどうか。
「成長できていると思います。クロスゲームや絶対落とせないという試合などプレッシャーがかかるシチューションは結構多い。その中で自分のパフォーマンスを保つ準備をしている。メンタル面の負荷も大きいと思うので、毎回しっかりとパフォーマンスを出すという行程は自分にとってプラスになっています」
成長著しい司令塔だが、今はジャパンの当落線上にいるといったところだろうか。
「もちろんやるからにはしっかりチャレンジしていきたいと思います。合宿に行って、しっかり自分の実力不足というのは自覚しています。ひとつひとつ試合だったりとか、こう毎日こう、少しでも成長するっていうことをコツコツしていって、こう代表に選ばれる、選ばれないは自分でどうしようもできないので、まずは自分がベストであろうとする姿勢は常に持っていようと思っています」
人事を尽くして天命を待つ――。黒羊軍団の司令塔は冷静に前を見つめている。
(文・写真/杉浦泰介)