第275回「スポーツはなんのため?」

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 トライアスロンにチャレンジした自分を褒め、頑張ったことに誇りを持ってほしい。

 これが、私が子どもの教室や大会を開催している時の心掛けていること。

 正直なところ、速いか遅いかなんてどうでもいい。大切なのは、スポーツに取り組んで楽しかったとか、充実感を味わってもらうこと。これにより、自己肯定感を高め、スポーツが好きになってもらえれば発育にも、健康にもつながっていた。ところが、保護者の中には勝敗に極端にこだわる方が必ずいて、子どもに過度なプレッシャーをかけたり、レース中に罵倒したりするケースもある。さらには運営側に激しく抗議される方がいたりして、子どもたちが可哀そうになることが少なくない。

 

 先日も、あるイベントで「自分の子どもの自転車が適切ではなかった」と激しく抗議される方がいて、「いや、そういう趣旨のイベントではなく、頑張っている子どもを応援してあげてください」と話しても怒りは収まらなかった。ゴール後に喜んでいる子どもを褒めることもせず、「ほら、もう帰るよ」と引っ張って帰られた。子どもは勝敗ではなく、完走できたことを喜んでいただけに、切ない気持ちであったが、運営に追われ、その親に進言するエネルギーは残っていなかった。

 

 スポーツは何のためにやっているのか。

 これは様々なところで必ず出てくるテーマ。その議論をすると、誰もが健康促進などの身体的なメリットと、頑張る心の醸成などの精神面が必ずあがってくる。皆さん、それらを理解しているはずなのに、現場ではやはり冷静ではいられなくなるようだ……。

 それは親だけでなく、指導者も同じ。頭の中では「勝つことだけが目標ではない」と分かっていても、実際は勝ちを最優先に指導していることが多い。もちろん「勝利」という明確な目標を掲げ、意思統一する方が分かりやすいし、チームをまとめやすい。それ自体は間違っていないのだが、いつの間にかそれだけが目的になってしまっていることが少なくない。もちろん勝つためには厳しい練習が必要だし、綺麗ごとだけでは難しい。時には歯を食いしばって頑張ることも大切だ。

 

 でも、勝つことが目標ではあるものの、最終目的は人生を豊かにすることのはず。いわゆる手段の目的化が起こっているのだが、周囲も指導者の評価を結果に求めることが、こうした状況を生んでいる。その周囲とは保護者であり、学校であり、社会であったりする。また、子ども自身が目標と目的を混同していることが多く、結果的に皆が勝利しか見えなくなってしまうのだ。

 

部活動の地域移行がカギとなる?

 こうした現象がスポーツ嫌いを生んだり、体罰やいじめなど指導者と子どもの関係のねじれを生んだりする。

 

 ちなみに、スポーツ実施率データを見ると、20歳~40歳くらいがもっとも低くなっている。子どもの頃は学校で実施していても、卒業とともにやめてしまい、40歳前後でカラダの変化に危機感を覚え、再開するというパターンが多いようだ。スポーツは本来自分の生活を豊かにするためにあるのに、子どもの頃にスポーツ嫌いとなり、卒業後はやめてしまうというのだ。学校体育や部活の中で、スポーツに親しむのではなく、スポーツ嫌いを生み出しているとするならば、本来の目的が逆転している。

 

 近年、こうして傾向を変えるべく、元バレーボール日本代表の益子直美さんが「監督が怒ってはいけない大会」をつくり、その流れは広がっている。当初は「そんなことで強くなれるわけがない」という批判も少なくなかったようだが、今ではこの大会の優勝チームが、他の大会でも好成績を出しており、常識が変わりつつある。このチャレンジは素晴らしいし、すべてのスポーツに取り入れるべきだと思うが、一つだけ付け加えて欲しいのは、「親も怒ってはいけない」という項目。皆が怒らず、子どもたちがのびのびできる環境をぜひつくっていかなければならない。

 

 また、現在学校では、部活の地域移行化が少しずつ進んでいる。指導者の問題や予算措置など、様々な課題があり、地域格差もあるために簡単ではないが、試行錯誤しながら進めていく必要があるのは言うまでもない。ただ、せっかく部活が生まれ変われるチャンスなのだが、議論の中心は働き方改革など、先生方に置かれていることが多いのが残念。本来の主役である子どもを中心に、子どものためにどうあるべきかを議論していく必要がある。その大きなカギを握るのが、これまで勝利至上主義だった部活からの脱出ではないかと思う。これまでなかなか実行できなかった大きなテーマを、地域への移行期に行うチャンス。ぜひ考えてもらいたい。

 

 スポーツをなんのためにやるのか。

 このシンプルで、深いテーマを、子どもの指導者、親御さんは今一度考えていただきたい。いや、世の中全体で、スポーツとの向き合い方を考えるべき時なのかもしれない。

 

白戸太朗(しらと・たろう)プロフィール>

 スポーツナビゲーター&プロトライアスリート。日本人として最初にトライアスロンワールドカップを転戦し、その後はアイアンマン(ロングディスタンス)へ転向、息の長い活動を続ける。近年はアドベンチャーレースへも積極的に参加、世界中を転戦していた。スカイパーフェクTV(J Sports)のレギュラーキャスターをつとめるなど、スポーツを多角的に説くナビゲータとして活躍中。08年11月、トライアスロンを国内に普及、発展させていくための会社「株式会社アスロニア」を設立、代表取締役を務める。17年7月より東京都議会議員。著書に『仕事ができる人はなぜトライアスロンに挑むのか!?』(マガジンハウス)、石田淳氏との共著『挫けない力 逆境に負けないセルフマネジメント術』(清流出版)。最新刊は『大切なのは「動く勇気」 トライアスロンから学ぶ快適人生術』 (TWJ books)

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