第12回「スポーツを起点とした資金循環の在り方」ゲスト稲垣弘則氏
二宮清純: 今回のゲストはスポーツDX(データビジネス、海外スポーツくじ・スポーツベッティング、ファンタジースポーツ、NFT、スポーツトークン)の分野で多数の企業をサポートし、スポーツを起点としたエコシステムの形成・発展(資金・人材・知識の循環)を目的とした団体である一般財団法人スポーツエコシステム推進協議会代表理事で西村あさひ法律事務所・外国法共同事業の弁護士の稲垣弘則さんです。
稲垣弘則: どうぞ、よろしくお願いいたします。
二宮: 稲垣さんが代表理事を務めるスポーツエコシステム推進協議会では、海外の違法スポーツ賭博対策について調査されています。
稲垣: そうです。アスリートやスポーツ団体を違法スポーツ賭博のリスクから守るために、諸外国の違法スポーツ賭博対策の法制度などを調査しています。IOC(国際オリンピック委員会)、FIFA(国際サッカー連盟)、FIBA(国際バスケットボール連盟)など国際競技連盟にも直接足を運びました。
二宮: 日本では現状、オンラインカジノなど非合法なものが蔓延しています。今年に入ってから複数の芸能人やスポーツ選手がオンラインカジノを利用していたことが判明しました。
稲垣: 今年3月、警察庁はオンラインカジノの国内利用者は337万人、年間賭け金は1兆2400億円に上るという推計を発表しました。ただ、実際にはこの数字以上に拡大していると見ていいと思います。
伊藤清隆: それはなぜでしょう?
稲垣: 日本の違法スポーツ賭博の市場は数兆円規模と言われています。警察庁が定義する「オンラインカジノ」には違法スポーツ賭博も含まれますので、オンラインカジノ全体でみれば、これを超える違法市場が拡大していると推察できます。
二宮: ところで合法国のスポーツベッティング市場では、賭け金はどのように使われているのでしょうか。
稲垣: 欧米の合法国では、95~90%をユーザーに還元し、残りの5~10%の事業者の収益から税金などを支払っています。例えば米国では、税収を得た州は、教育、福祉、依存症対策など社会課題解決の資金に充てているところが多いと言われています。またフランスではいろいろな省庁に財源として割り振られています。イギリスやオーストラリアはスポーツのグラスルーツの整備にも還元されているという話を聞きます。
賭け事=悪のイメージ
二宮: 要するに諸外国では、還元される仕組みが整備されているんですね。
稲垣: 違法スポーツ賭博の市場が拡大している現状をどうすべきかについて、諸外国は各国独自の対策を練っていますが、大きく3つのステップに整理されると言われています。まずは、海外サイトの利用行為についての違法性の明示、周知を行っていくことがファーストステップ。次にユーザーへの啓蒙、違法事業者を締め出すためのIPブロッキング(IPアドレス制限)。そしてサードステップとして規制市場を創出し、拡大することで違法市場を縮小させる。これが諸外国で進んでいる対策なんです。
二宮: 日本の法律でスポーツを対象とした賭け事は違法ですから、現時点において、それらはすべて違法市場ということですよね。
稲垣: 日本にはスポーツくじという規制市場が存在します。現在、約1336億円の市場です。totoやWINNERに代表される予想系の市場が約121億円。残りはtotoBIGなどの非予想系の1215億円になります。
二宮: ではスポーツくじの市場を拡大する方法は?
稲垣: まずは対象種目を増やすことが考えられます。現在、サッカーのJリーグを対象にしたtoto、JリーグとバスケットボールのB.LEAGUEを対象にしたWINNERが国内の予想系のスポーツくじです。同じアジアでも台湾は30種目、韓国は10種目以上が対象となっていて、収益も日本の10倍以上に及びます。
二宮: それについて伊藤さんはどうお考えですか?
伊藤: 日本ではギャンブルと聞くと嫌悪感を抱かれる方が多い。「スポーツは健全なものなのに、ギャンブルのお金を還元するなんて」と。でも私は、そうは思いません。リスクが排除されて、子どもたちに健全なスポーツ環境を提供するための財源になるのであれば、良いと思います。
二宮: 伊藤さんがおっしゃるように「ギャンブル」という言葉に対するイメージもあります。日本のtotoやWINNERは「スポーツくじ」と呼ばれています。
稲垣: 先ほど申し上げた通り、日本には規制市場としてスポーツくじが存在するので、違法市場を縮小する手段としてのスポーツくじの拡大の選択肢も今後議論していくべきだと思っています。
二宮: 既に数兆円以上のカネが海外に流出しているという現実があります。これをどうするのか。
稲垣: 日本ではオンラインカジノの問題を踏まえて、例え海外で適法なライセンスを取得した事業者のサービスであってもこれを利用することが賭博罪に該当し、処罰され得ることが明確になった状態です。これから違法市場が拡大していることについてどのように議論が進んでいくのかは、現時点ではわかりません。ユーザーへの啓蒙、IPブロッキング(IPアドレス制限)についても政府と連携又は政府が主導して進めていく必要がありますが、これらを含めた諸外国の規制内容についても、我々はまだ表面的なところしかわかっていませんので、更なる調査が必要です。
地域格差是正のための手段
二宮: 諸外国の違法市場でも合法市場でも必ず問題になるのが八百長問題です。
稲垣: そうですね。既に日本の違法市場は何兆円にも膨れ上がっていると言われており、選手に対する八百長の持ちかけが裏側で行われているリスクは否定できません。選手の活動がグローバル化している中、海外で開催される大会に出場した選手や、海外で活動している選手が現地で八百長を持ちかけられるという事例だって出てくるでしょう。八百長対策は必須です。
二宮: 先ほど財源の話が出ましたが、スポーツ基本法には<スポーツを通じて幸福で豊かな生活を営むことは、全ての人々の権利>と記されながら、財源不足ゆえに環境が貧弱な地域もあります。規制市場を拡大することで、方法によっては財源が確保でき、違法市場を駆逐するという考え方もあります。
伊藤: 私もそう思います。実際、財源がない自治体はどうしているかというと、“今まで通り、部活動を先生に指導してもらいます”となっている。国の方針は地域展開。でも、それを実現できる財源がない自治体があるのが実状です。例えば、我々が中学校の部活動を任されている東京都・港区への教員の異動願いが増えていると耳にしています。我々が部活動指導を受託することで、教員の負担が軽減されているからです。
稲垣: 事業者も政府や自治体も、スポーツを起点とした資金循環システムの構築を通じて国民皆が利を得る仕組みを整備しなければいけませんね。
伊藤: そのために私は、スポーツの価値を見直してもらう必要があると思います。例えば、保護者は学習塾に数万円を惜しみなく出しますが、スポーツとなるとそうはいきません。スポーツは、いまだにボランティアの思想が根強い。プロやトップ選手を目指す子には、そういうこともあるかもしれません。しかし、それ以外の子どもたちに対しては、スポーツをやる価値というのが、この国ではまだ理解されているとは思えない。我々としてもスポーツによって、非認知能力が培われていくことなどを訴え続け、“スポーツにはお金を出す価値がある”と世の中に認めてもらわなければいけないと考えています。
二宮: 同感です。稲垣さんはスポーツの価値は、どういうところにあると思われますか?
稲垣: 我々の協議会としても、スポーツの社会的価値を可視化していく委員会を立ち上げています。私個人もサッカーを部活動でやっていて、そこで形成した人格や人間関係が土台となり、今、弁護士として活動していることにつながっています。スポーツによる人間形成が不可欠で、お金に換算すれば、途轍もない価値があるものだと思っています。
(鼎談構成・写真/杉浦泰介)
<稲垣弘則(いながき・ひろのり)プロフィール>
1984年、京都府出身。弁護士。2007年同志社大学法学部卒業、09年京都大学法科大学院修了、10年弁護士登録。17年南カリフォルニア大学ロースクール卒業(LL.M.)、17年~18年ロサンゼルスのSheppard, Mullin, Richter & Hampton LLP勤務。18年~20年パシフィックリーグマーケティング株式会社出向、19年~SPORTS TECH TOKYOメンター、20年~INNOVATION LEAGUE ACCELERATIONメンター、21年~経済産業省・スポーツ庁「スポーツコンテンツ・データビジネスの拡大に向けた権利の在り方研究会」委員。24年~MLB選手会公認代理人。スポーツビジネスにおける実務経験を活かしつつ、日本企業やスタートアップを含めたあらゆるステークホルダーに対し、スポーツビジネス関連のアドバイスを提供している。スポーツDX(データビジネス、海外スポーツくじ・スポーツベッティング、ファンタジースポーツ、NFT、スポーツトークン)の分野でも多数の企業をサポート。スポーツを起点としたエコシステムの形成・発展(資金・人材・知識の循環)などを目的とした業界団体である一般財団法人スポーツエコシステム推進協議会の代表理事を務めている。
<伊藤清隆(いとう・きよたか)プロフィール>
1963年、愛知県出身。琉球大学教育学部卒。2001年、スポーツ&ソーシャルビジネスにより、社会課題の永続的解決を目指すリーフラス株式会社を設立し、代表取締役に就任(現職)。創業時より、スポーツ指導にありがちな体罰や暴言、非科学的指導など、所謂「スポーツ根性主義」を否定。非認知能力の向上をはかる「認めて、褒めて、励まし、勇気づける」指導と部活動改革の重要性を提唱。子ども向けスポーツスクール会員数は3年連続国内No.1、部活動受託校数も国内No.1(※1)の実績を誇る(2024年12月現在)。社外活動として、スポーツ産業推進協議会代表者、経済産業省 地域×スポーツクラブ産業研究会委員、日本民間教育協議会正会員、教育立国推進協議会発起人、一般社団法人日本経済団体連合会 教育・大学改革推進委員ほか。
<二宮清純(にのみや・せいじゅん)プロフィール>
1960年、愛媛県出身。明治大学大学院博士前期課程修了、同後期課程単位取得。株式会社スポーツコミュニケーションズ代表取締役。広島大学特別招聘教授。大正大学地域構想研究所客員教授。経済産業省「地域×スポーツクラブ産業研究会」委員。認定NPO法人健康都市活動支援機構理事。『スポーツ名勝負物語』(講談社現代新書)『勝者の思考法』(PHP新書)『プロ野球“衝撃の昭和史”』(文春新書)『変われない組織は亡びる』(河野太郎議員との共著・祥伝社新書)『歩を「と金」に変える人材活用術』(羽生善治氏との共著・廣済堂出版)、『森保一の決める技法』(幻冬舎新書)など著者多数。
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*スポーツスクールの会員数3年連続 国内No.1
・スポーツ施設を保有しない子ども向けスポーツスクール企業売上高上位3社の会員数で比較
・会員数の定義として、会員が同種目・異種目に関わらず、複数のスクールに通う場合はスクール数と同数とする。
*部活動受託校数 国内No.1
・部活動支援事業売上高、上位3社の2024年の受託校数を比較
株式会社 東京商工リサーチ調べ(2024年12月時点)