第809回 プロ野球ニックネームの今昔

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 プロ野球はニックネームの宝庫である。名は体を表す、というが、その伝で言えば、ニックネームは体そのものだ。

 

 

<この原稿は2025年3月3-10日合併号『週刊大衆』に掲載されました>

 

 さる2月3日、91歳で世を去った阪神の名ショート、吉田義男の現役時代のニックネームは“牛若丸”だった。

 

 童謡の「牛若丸」に、次のような一説がある。

 

〽前やうしろや右左 ここと思えば またあちら 燕のような早業に 鬼の弁慶あやまった

 

 打球にはやく追い付き、捕ってからが、またはやい。しかもプレーのひとつひとつが正確ときている。未だに吉田を「日本プロ野球史上最高のショート」に推す関係者は少なくない。

 

 吉田の阪神の先輩には“もの干し竿”と呼ばれた強打者がいた。戦後、“ダイナマイト打線”の中核を担った藤村富美男である。

 

 ニックネームの由来は、通常より8センチ近く長い37インチ(93・98センチ)の愛用バット。これが遠くからは“もの干し竿”に見えたというのだ。写真を見ているだけで、“初代ミスタータイガース”の豪快なスイング音が聞こえてきそうだ。

 

 阪神のライバル巨人からは、日本プロ野球初のクローザー宮田征典をあげたい。ニックネームは“8時半の男”。

 

 当時のプロ野球は午後7時開始で、平均試合時間は2時間20分前後。宮田がマウンドに上がる頃は、だいたい8時半を指していた。

 

 クローザーとはいっても、当時は9回限定ではなく、2、3回は投げていた。巨人のⅤ9は1965年からスタートするのだが、リリーフ専門ながら宮田は20勝をあげた。セーブ制度があれば、これに20セーブが加わっていた。今なら文句なしのMVPだろう。

 

 そこへ行くと近年、プロ野球界隈をうならせるようなニックネームが少ないのは、どうしたものか。キャンプ中、スポーツ紙の見出しを飾ったものといえば“マー君”くらいか。楽天から巨人に移籍した田中将大のことだが、ウ~ン。

 

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