人気番組ゆえの騒動か。広島・野村謙二郎監督の退場劇が思わぬ波紋を広げている。

 舞台は6月26日、マツダスタジアムでの中日戦。3回、この日の先発投手、ルーキー・中村恭平の打球は大きくバウンドして三塁前へ。これを処理したサード・森野将彦の送球はワンバウンドになった。
 テレビ解説の北別府学が「私が見てもセーフでしょう。あれは」と語ったように、ボールがジョエル・グスマンのファーストミットに収まる前に、中村が一塁ベースを駆け抜けたように見えた。だが一塁塁審・佐藤純一の判定は「アウト」。
 これに怒った野村は一塁ベンチを脱兎のごとく駆け出し、そのまま一塁塁審を両手で突き飛ばしてしまった。次の瞬間、「退場」が宣告された。

 1週間後の日曜日、TBSの「サンデーモーニング」で、巨人OBの中畑清が、このシーンに触れ、「あっぱれ!」とやった。これに対し、プロ野球審判員が所属するサービス・流通連合の連帯労組・プロ野球審判支部からNPB(日本野球機構)に対し、「放送局に抗議してほしい」という要望があったという。
 おそらく中畑は「チームの士気を上げた抗議」と言いたかったのだろうが、審判員たちには「暴力行為の容認」と受け取られてしまったようだ。
 中畑が「あっぱれ!」とやったのには理由がある。
 このゲームは2−0で広島に軍配が上がった。タイムリーを放った2人のベテランは野村の退場覚悟の抗議を肯定的に捉えていたからだ。
「(セーフは)明らか。ひどいなと思った。でも、それでベンチの呼吸がひとつになった」と前田智徳が言えば、もうひとりのヒーロー石井琢朗は「(退場は)監督が僕たちに残してくれたメッセージ。今日は絶対に負けちゃいけないと、全員がそういう気持ちで戦った」と続けた。

 監督の中には、チームの士気を上げるため、微妙な判定に対し、意図的に審判に詰め寄る者もいる。野村にそういう考えがあったかどうかはともかく、結果として退場劇がチームをひとつにまとめたのは事実のようだ。
 もとより審判への暴力行為は許されない。公認野球規則には<プレーヤーの禁止事項>という項目があり、こう書かれている。<どんな形であろうとも、審判員に故意に接触すること。(審判員の身体に触れることはもちろん、審判員に話しかけたり、なれなれしい態度をとること。)>

 メジャーリーグでも監督による審判への抗議は珍しいことではない。しかし興奮して手を出さないように、あるいはあらかじめ手を出す意思がないことを示すため、たいていの監督は腕を後ろに組んでから抗議に及ぶ。
 個人的には抗議もプロ野球の一部であり、すべてを否定するのはどうかと考える。ただし、双方ともにリスペクトの気持ちだけは忘れてはならない。

<この原稿は2011年7月24日号『サンデー毎日』に掲載されたものです>

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