かつて沢村賞はセ・リーグのピッチャーのみに与えられた。賞に名をとどめる沢村栄治が巨人の所属選手だったからだ。
 パ・リーグのピッチャーでも受賞できるようになったのは89年からだ。今季の開幕前、東北楽天の田中将大が「沢村賞を目指す」と公言したのは記憶に新しい。
 ところが、こちらの賞は今でもセパで一致を見ていない。
 パの監督に贈られる最高の賞が「優勝監督賞」であるのに対し、セは「最優秀監督賞」なのだ。

 パの「優勝監督賞」の場合は議論の余地がない。リーグ優勝を果たした球団の監督が自動的に受賞する。
 昨季、パにはレギュラーシーズンを制した福岡ソフトバンクの秋山幸二、クライマックスシリーズから勝ち上がり、見事日本一になった千葉ロッテの西村徳文と二人の“優勝監督”が出現した。当然ながら「優勝監督賞」は長丁場を制した秋山が受賞した。

 しかし、セの場合は複雑だ。「最優秀監督賞」というからには、必ずしもリーグ優勝を果たした監督を選ぶ必要はないはずだ。
 そうした観点でこの賞を見た場合、昨季はレギュラーシーズンを制した中日監督の落合博満ではなく、東京ヤクルトの小川淳司でもよかったのではないかと、以前スポニチ紙に書いたことがある。
 周知のように昨季、小川は監督就任時には19もあった借金を完済し、シーズン終了時には4つの貯金をもたらした。
 彼が指揮を執るようになってからの戦績は59勝36敗3分け、勝率6割2分1厘。この勝率は昨季、セの「最優秀監督」に選ばれた落合の5割6分をはるかに上回るものだった。
 誤解なきように申し上げるが、勝率が上だからといって「落合よりも小川の方が優秀」などと単純に評価しているわけではない。賞の名称が「優勝監督賞」ではなく「最優秀監督賞」である以上、いろいろな角度からの議論がなされるべきだと思うのだ。それも必要ないというのであれば、パ同様、「優勝監督賞」としたら、どうか。このほうがスッキリする。

 東京ヤクルトの勢いは、小川が指揮を執るようになって以来、ずっと続いている。今季は7月25日現在、38勝24敗9分け、勝率6割1分3厘。同率2位の中日、阪神とのゲーム差は8・0。小川に“2年目のジンクス”は関係なかったようだ。
 2軍監督を9年も務めた苦労人。昨年5月、前監督の高田繁が不振の責任を取るかたちで休養を申し出なかったら、1軍の指揮を執ることはなかっただろう。事実、次期監督には現チーフ兼投手コーチの荒木大輔が内定していた。
 監督は名前でやるものではない。当たり前の話だが、この国では未だに名選手や人気者に指揮を執らせる傾向が強い。興行面を考えてのことだろう。
 小川の成功で地味ながら能力のある指導者が見直されるようになれば一歩前進ではある。

<この原稿は2011年8月7日号『サンデー毎日』に掲載されたものです>

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