なでしこジャパンの皆さん、優勝おめでとうございます。今回のなでしこの勝因は、なんといっても粘り強く諦めずに戦ったことでしょう。格上の米国との決勝戦でも、なでしこの良さは充分に出ていたと思いました。先制された時も、選手たちは慌てていませんでした。

勝因は「組織力」
 
 なでしこの戦いぶりをもう少し掘り下げてみましょう。今大会、諸外国のチームはタテへの長いボールを展開するなど、身体能力を活かすサッカーが主でした。平均身長が低い日本にとってはフィジカル面でのハンディキャップがありました。

 そこで日本は、クロスやロングボールをなるべく入れさせない守り方で対応していました。たとえゴール前にボールを入れられても、予測とカバーがしっかりとできていたので、大きく崩れることがなかったのです。もちろん失点もありましたが、今大会のなでしこジャパンは守りの連携がうまくとれていました。対戦相手が「個」で攻めてきたのに対し、なでしこは「組織」で戦った。これが優勝できた一つの要因だったと思います。
 
 その組織をまとめる上での佐々木則夫監督の手腕も見逃せません。佐々木監督とは鹿島がまだ前身の住友金属だった頃に対戦したことがあります。彼は当時NTT関東で主に守備的なポジションでした。真面目で、戦略的にいろいろ考えてプレーしていた印象が残っています。その現役時代から蓄積してきた佐々木さんなりの理論が、今回のなでしこにうまく浸透したのでしょう。

 そして佐々木監督といえば、オヤジギャグが取り上げられていますね。オヤジギャグが正解だったのかはわかりませんが、高いレベルの緊張の中で、チームを和ませようとする姿勢がいい方向に転じました。佐々木監督はコーチ時代も含めて、なでしこでの指導が6年目になります。その中で培った経験が、メンタルコントロールも含めて集大成としてこのW杯に生かされたように思います。

 なでしこの優勝によって、サッカーボールを蹴っている女の子たち、さらにはこれからサッカーを始めようとする女の子たちも、「なでしこ」に夢を持ったことでしょう。そこで、これからはそういった子供たちがプレーする場を拡大、充実させる必要があります。そのためには指導者の育成も欠かせません。どうしても男子と女子では様々な面で違いがありますから、当然、教え方を変える部分がでてきます。協会には女子を専門に教えられる指導者をもっと増やすことを考えてほしいですね。

時間とスペースを奪うサッカーを

 優勝したとはいえ、なでしこジャパンはW杯がゴールではありません。ここからが新たなスタートです。今大会を見ていると全体的に、日本選手にはボールを受けてからパスを出すまでの時間に余裕がありました。パスを受けて、それからルックアップしてもまだ、相手のチェックがなかったからです。それが、なでしこがあれほどまでにボールを回せた要因です。今後は、各国も日本のような戦い方にシフトしてくるでしょう。そうなると、女子サッカーのレベルはワンランク上がるはずです。

 そうなった時に、相手から時間とスペースを奪うことが重要になってきます。つまり、技術のさらなる向上、判断のスピードを強化し、相手よりも速く、空いているスペースへ仕掛けること。この部分を突き詰めないと、今までのようなパスサッカーは通用しなくなるでしょう。
 
 同じことは、男子にも当てはまります。日本の男子サッカーも、今まではなでしこのような組織的なパスサッカーを志向していました。それがザックジャパンになって、いかにゴールを早く奪うかに主眼を置くようになってきました。タテへの速い展開とそれにサイド攻撃を多用化する、運動量を活かした戦い方に変わってきています。しかし、90分間、このようなサッカーを続けることは不可能です。そこで「しっかりパスを回す時」、「早く展開する時」の使い分けが重要になってきます。この使い分けの意識を全員が共有し、実践できるチームになれるかどうかが大事なポイントになるでしょう。その意味では、男子もさらに高い個人の技術と判断の速さが求められています。

 なでしこたちは休む間もなく所属チームに戻り、なでしこリーグも再開しました。そこで代表メンバーは、判断スピードやパスの受け方など、様々な面で国内と世界との「ギャップ」を体感するでしょう。私はそのギャップを強く感じてほしいと思っています。世界との差を他のチームメイトに伝え、国内にフィードバックすることが、さらになでしこのレベルを上げることにつながるからです。

 9月にはロンドン五輪のアジア最終予選も控えています。11日間で5試合を消化する非常に厳しい日程ですが、なでしこは今ノッています。こういう時は疲れもあまり気にならないものです。この勢いでぜひ出場権を確保して、ロンドンでもっと進化したサッカーを披露してほしいですね。

 なにより今回、なでしこジャパンはサッカーを通して、「諦めない」姿を世界中に示してくれました。東日本大震災で多くの被災者の方がそれぞれの立場で頑張っている中、なでしこも一人一人が諦めず最後までボールを追い続けていました。その姿に共感したからこそ日本人はもちろん、多くの外国の方もなでしこを応援してくれたのでしょう。震災や原発事故といったネガティブなニュースが続く中、なでしこの話題を出せば、世界中の人々が日本にポジティブなイメージを抱いてくれるはずです。なでしこの優勝は、震災からの復興ひいては停滞気味の政治やビジネスにおいても、突破口になると期待しています。

 それにしても、なでしこの活躍を見て改めて思いました。やっぱり女性は強い……(笑)。


●大野俊三(おおの・しゅんぞう)<PROFILE>
 元プロサッカー選手。1965年3月29日生まれ、千葉県船橋市出身。1983年に市立習志野高校を卒業後、住友金属工業に入社。1992年鹿島アントラーズ設立とともにプロ契約を結び、屈強のディフェンダーとして初期のアントラーズ黄金時代を支えた。京都パープルサンガに移籍したのち96年末に現役引退。その後の2年間を同クラブの指導スタッフ、普及スタッフとして過ごす。現在、鹿島ハイツスポーツプラザ(http://kashima-hsp.com/)の総支配人としてソフト、ハード両面でのスポーツ拠点作りに励む傍ら、サッカー教室やTV解説等で多忙な日々を過ごしている。93年Jリーグベストイレブン、元日本代表。

*ZAGUEIRO(ザゲイロ)…ポルトガル語でディフェンダーの意。このコラムでは現役時代、センターバックとして最終ラインに強固な壁を作った大野氏が独自の視点でサッカー界の森羅万象について語ります。


◎バックナンバーはこちらから