ヨーロッパ各国のサッカーリーグがいよいよ開幕する。昨季は香川真司(ドルトムント)のブレイク、長友佑都のインテル・ミラノへの電撃移籍など、欧州サッカーの話題には事欠かなかった。今季も新たに宇佐美貴史(バイエルン)、大津祐樹(ボルシアMG)、乾貴士(ボーフム)ら若い選手が海を渡り、新たなスター誕生の予感がする。

 宇佐美に厚い壁

 ガンバ大阪からドイツ・ブンデスリーガの強豪バイエルンに移籍した宇佐美には大きな壁が立ちはだがる。同じ攻撃的MFとなるオランダ代表のアリエン・ロッベン、フランス代表のフランク・リベリだ。この2人が万全であれば、出場機会を得るのは容易ではない。しかし、ここにきてリベリ、ロッベンが揃って負傷し、宇佐美にもチャンスが巡ってきた。

 早速、27日に行われたアウディカップ決勝、バルセロナ戦で宇佐美は右MFでスタメン出場。ドリブル突破でFKを得たり、クロスでチャンスを演出するなど、存在感をみせた。試合は0−2で敗れたものの、ユップ・ハインケス監督は「貴史にとっては日本と全く違う世界のサッカーだっただろう。肉体面でまだ安定していないが、その割にはうまくやった。2、3回いい場面もあった」と評価した。本人も「全然やれるなと思いながらやってました」と手ごたえを感じている様子。リベリ、ロッベンの他にも同ポジションのライバルは少なくないが、デビューの日もそう遠くはあるまい。

 宇佐美、大津、乾らJ1で活躍した選手のみならず、J2から電撃移籍を果たした選手もいる。東京ヴェルディからオランダのユトレヒトでプレーすることになった高木善朗だ。ご存知の方も多いと思うが、彼の父は大洋・横浜で俊足好打の内野手として活躍した高木豊。父の影響で野球選手を志すかと思いきや、高木は1つ上の兄、3つ下の弟とともに幼稚園の頃からサッカー一筋だ。
「野球は守備をしてもボールが飛んでこなければ守ることがないし、打順が回ってこないと打つこともできない。サッカーはボールに触りたければ獲りにいけばいいし、常に動きがあるほうが面白いなと感じたんです。僕はサッカーをやっている時間が一番楽しかったですね」

 昨年はブンデスリーガの名門ドルトムントでトレーニングする機会に恵まれた。練習の指示はもちろんドイツ語。言葉のわからない高木は、英語を話せる選手を探し、身振りを交えながらコミュニケーションを図った。それでも最初の3日間、パスは来なかった。周りの選手の名前すらわからない状況だった。しかし、4日目に組まれた練習試合、途中出場した高木は決勝点となるゴールを決める。チームメイトが声をかけてくれるようになったのはそれからだ。言葉は完全にわからなくても、英語と身振りでやり取りができ、自然と相手からのパスも出てきた。その経験から、結果を残すことが何より生き残るための道だと気付いたという。

 ユトレヒト移籍後、高木は初めてスタメン出場した練習試合では早速、ゴールを決めている。父が野球で有名だっただけに、「最初のうちは、選手名鑑や雑誌で必ず『高木豊の次男』と書かれてしまうことが嫌でした。それよりも僕のプレーの特長を見てほしいと感じていました」と明かす。偉大なる父を超えられるのか。オランダからTAKAGIのニュースが数多く届くことを心待ちにしたい。

 2年目の岡崎に期待

 昨季から引き続きプレーする選手で注目したいのは岡崎慎司だ。この1月、ブンデスリーガのシュトゥットガルトに移籍すると途中加入ながらスタメンに定着。ラスト2試合で連続ゴールを決め、チームの1部残留に貢献した。今季はシーズン前のトレーニングからチームに合流でき、コミュニケーションや連係面でも、より持ち味を出しやすくなっているはずだ。

 何といっても彼の強みは攻守に渡るハードワークである。シュトゥットガルトでも最初はなかなかゴールを奪えなかったものの、献身的な前線からの守備は評価を受けていた。そしてチャンスとみれば、体もろともゴールに飛び込むこともいとわない。何しろ座右の銘は“一生ダイビングヘッド”である。
「飛び込むのが楽しかったんです。ちょっと浮いたら足ではなく頭でいく。当時から恐怖心はなかったですよ。今でも最後のところで体を投げ出すのが、自分の一番の武器だと思っています」
 
 昨年の南アフリカW杯では本番直前にFWのポジションを本職ではない本田圭佑(CSKAモスクワ)に奪われた。その悔しさが彼を成長させた。
「自分自身もシュートを決めるのが好きでサッカーをやっているので、ゴールがすべてだと考えています」
 プロ入り以来、常に意識してきた「ボールの出し手よりも、先に動いて呼び込む」動きにも、本場でより磨きがかかることだろう。練習中に右足首を負傷したとの報道もあったが、開幕には間に合いそうな模様だ。今季のゴール量産に期待したい。

 海外で成功する条件

 ここまで紹介してきた宇佐美、岡崎など、ここ1、2年、欧州でもブンデスリーガでプレーする日本人選手が増えてきた。現時点でドイツの1部に所属する選手だけでも9人にのぼる。その一因として長谷部誠(ヴォルフスブルク)、香川といった選手たちが実際に結果を残していることがあげられる。彼らのプレーがドイツ国内での日本人の評価を上げ、各クラブが新たな選手獲得に乗り出すという好循環を生み出している。

 選手を売り込む側も、当然、その好機を逃さない。長谷部や岡崎、長友らの代理人を務めるロベルト佃氏は「(岡崎が)ヨーロッパで戦うには、最初はドイツがベストの国だ」と考えたと明かしている。
<特に海外移籍の場合は、新しい環境に慣れるまでには時間がかかるが、そんなことは関係なく、フォワードには即、結果が求められる。だから海外移籍で成功を勝ち取るには難しいポジションなのだ。
 しかしドイツは現在、長谷部誠、香川真司、内田篤人(シャルケ04)の3選手が活躍しており、日本人への信頼感が高まっている。日本を含めたアジアの選手に信頼をおいているリーグならば、比較的長い目で、正当に評価してくれる可能性が高い。そこでドイツという選択肢が出てきたのだ>(ロベルト佃『サッカー代理人』(日文新書))

 とはいえ、大志を抱いて海を渡ったからと言って、誰もが成功するとは限らないのが、この世界の厳しいところだ。多くの日本人選手の海外移籍をアシストしてきたロベルト氏はプロで伸びる選手の条件として、いくつかのポイントを上げている。
 最も重要なものは「技術が優れていること」。ロベルト氏は香川がドイツでも高いレベルでプレーできている要因をこう指摘する。
<パスを受けてから攻撃に移る際、香川の反転は日本、いや、アジアでも一番速いのではないかと思う。パスを受けてから振り向くのではなく、受ける前に、前に出てディフェンスを呼び寄せておいて、パスを受ける瞬間にスッと下がり、ディフェンスをかわして前を向く、もしくは、一度パス方向に出て、ボールをもらう前に既に反転しているなど、そういう一瞬の対応が速い>(前掲書)

 技術と一口に言っても各ポジションによって、さまざまな評価基準がある。単にボールを持った際のテクニックだけではなく、一連のプレーが終了した後の動きやパスを出した後のサポートも重要だとロベルト氏は述べ、こう続けている。
<香川はアップで、必ず2〜3回はパスを足の裏で止め、きちんとボールが止まるかどうかを見て、ボールと芝とスパイクの感触を試している。一見、何でもないことのようにも見えるが、日本代表クラスの選手でも試合の大事な場面で滑ってしまうシーンがときどきある中で、香川がそのようにピッチで滑ることはほとんどない。それも、こういった普段からの高いプロ意識があるから成し遂げられていることだと思う>(前掲書)

 欧州サッカーと日本人選手の歴史を振り返った時、最初に活躍した選手として名前が挙がるのは奥寺康彦だろう。1977年からドイツに渡り、ブンデスリーガ9シーズンで25ゴールをあげた。その後、欧州で目立った成績を残した選手は現われなかったが、中田英寿の登場が歴史を変えた。イタリア・セリエAのペルージャに移籍し、初年度にいきなり10ゴール。欧州の各クラブが日本に目を向けるきっかけをつくった。以降、中田や中村俊輔(現横浜FM)といったゲームメーカーはもちろん、近年は長友や内田といった運動量豊富なサイドバックも脚光を浴びるようになってきている。

 残るは世界を驚かすストライカーの出現だろう。以前、岡崎は海外の点獲り屋と自分たちの違いについて、こう語っていた。
「“危険なところに常にいること”でしょうね。何が何でも点を獲るというプレーをされると、DFは止めにくいのでイヤだと思います」
 欧州の地で“危険な香り”のする日本人FWが1日も早く出てくることを望みたい。


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