メジャーに渡って2年目の五十嵐亮太が、少しずつ真価を発揮し始めている。
 2年300万ドルというリリーバーとしてはまずまずの契約でメッツに入団するも、1年目の昨季は1勝1敗、防御率7.12と苦しい成績で終了。同期入団の高橋尚成(現エンジェルス)が「ニューヨークの掘り出し物」になったのと比べ、より期待の大きかった五十嵐の方は誤算に終わってしまった感は否めなかった。
 2年目の今季も開幕こそマイナースタートだったが、しかし3Aバッファローでは21試合に登板して防御率0.87と完璧な内容。そこで実力を認めさせると、7月中旬にメジャー再昇格以降は8試合で7回1/3を投げて9奪三振(2自責点)と好内容の投球を続けている。当初は敗戦処理的な役割が多かったが、最近は重要な場面で起用されることも増えてきた。
(写真:ニューヨークのマウンドで五十嵐の会心の笑顔が見られるようになってきた。Photo by Kotaro Ohashi)
「95マイルの良い速球を投げ込んでいるし、変化球のコントロールも良くなった。バッファローで積んだ経験が良い方に出ているのだろう。速球と変化球のコンビネーションで三振を獲れるようになったのは大きい」
 オリックスの指揮をとった時代から五十嵐を知るテリー・コリンズ監督もそう語り、メジャーリーガーとしての五十嵐の成長を認めている。

 これまで多くの日本人メジャーリーガーが誕生し、スターと呼べる選手も何人か生まれてきた。田口壮や高橋のように、マイナーからメジャーでの役割を勝ち取ったたくましい選手も存在する。しかしある程度期待されて入団しながら、マイナー落ちの憂き目を味わい、さらにそこから這い上がってきた五十嵐のような選手を探すのはなかなか難しい。

 恐らくは想像以上に厳しかったであろう1年半――。そんな山あり谷ありの日々をいま振り返り、それでも五十嵐は「アメリカに来て本当に良かった」と躊躇せずに語る。
「日本で経験できなかったこと、感じなかった、考えなかったことも知ることができた。失敗することも僕の財産。失敗することによって考えたり悩んだりできて、これまで気付かなかったことに気付けるようにもなった。それによって自分がステップアップできているんだと思います」
(写真:メジャーとマイナーを往復し、長い試行錯誤の日々は続いた。Photo by Kotaro Ohashi)

 確かにメッツでの五十嵐を思い返すと、様々な形で試行錯誤を繰り返してきた印象がある。セットアッパー、中継ぎ、敗戦処理、さらに3Aのクローザーなど本当に多くの役割を経験して来た。速球を活かすための第2の球種はカーブかスプリッターか、定めかねているようにも見えた。アメリカではどんな投手で行くべきか、そのアイデンティティ確立に苦しんでいるようにも思えた。

 しかし、五十嵐本人にとっては、この苦闘も十分に想定内だったという。
「アメリカに来れば自分の駄目な部分が出てくるんじゃないかと思った。中途半端な技術では通用しないメジャーリーグという場所でプレーすることによって、さらに成長したかった。人間の大きさは経験ですからね。野球に限らず、大きな人間になりたかったんですよ」
 日本ではどこ行っても脚光を浴びるスターだった選手が、未知の場所でまた新たなチャレンジを開始する。快適なもの、大切なものから、一時的にでもあえて距離を置こうとする。男というのは得てしてそんな考え方をするものである。

 もちろん五十嵐の場合、メジャーリーグという華やかな世界に飛び込んできたわけで、大金も絡んできる。家族もいるだけに、「人間的に大きくなりたい」という意思だけでの渡米ではなかったに違いない。
 しかし、ハングリーな野心家が世界中から集まってくるニューヨークという街では、彼のセリフが実にスムーズに響いてくるのも事実である。

 より厳しい場所で、より大きな投手、大きな人間にーーー。金銭から離れた部分での「アメリカンドリーム」と呼んでも良いだろうか。五十嵐が語ったような志を持った人間は、生き馬の目を抜くようなこの街には他にも大勢いる。
 そんな新天地で、事前に考えていた通りに苦しい立場に追い込まれた。しかし、そこで沈み放しで終わらず、再び這い上がれたという意味で、五十嵐の挑戦には大きな価値があった考えることもできるのだろう。
(写真:95マイルの速球とスプリッターのコンビネーションはメジャーでも通用する。Photo by Kotaro Ohashi)

 これからあと2カ月もすれば、メッツとの契約は切れ、五十嵐はまた新たな進路を模索することになる。今後も好投を続けて力を認められ、メッツに残留するか。あるいは今の契約より厳しい条件になっても、さらなる新天地を求めて他の球団に移籍するか。それとも今年限りでメジャーへの挑戦に区切りをつけるか。

「現在の環境は僕にとっても良いし、家族にも快適なので満足しています。だからアメリカに残りたいという願望はありますけど、でも来年以降のことはいま考えるべきではないと思う。今季は全部で30試合くらいは投げたいですし、まずは1試合ごとに集中することですね」
 本人はそう述べるが、しかしようやくメジャーの水にも慣れ始めたように見えるだけに、もうしばらくはアメリカで投げ続けて欲しい気もする。1〜2年目の伸び幅を観る限り、3年目はもっとやれそうなポテンシャルを感じるからだ。
(写真:予想外の健闘で勝率5割以上を保つメッツに五十嵐もすっかり溶け込んでいる。Photo by Kotaro Ohashi)

 だがその一方で、アメリカで学んだ土産を持って、日本球界に戻って行くのも悪い選択ではないのだろう。いずれにしても、この2年間が終わったとき、五十嵐がどんな結論を出すかに興味はそそられる。
「僕は日本でも素晴らしい投手ではなかったし、そういう風に自分で感じることもできなかった。だからアメリカに来たんです」
 そう語る五十嵐のキャリアは、間もなく新たな分岐点を迎える。日本発、アメリカ経由で続く向上を求めての旅に、もうしばらく終わりは来ないはずである。


杉浦大介(すぎうら だいすけ)プロフィール
1975年生、東京都出身。大学卒業と同時に渡米し、フリーライターに。体当たりの取材と「優しくわかりやすい文章」がモットー。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、ボクシング等を題材に執筆活動中。

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