戦時下、スポーツ選手は何を考え、どう振る舞っていたのか。
 それを取材しているうちに、文藝春秋の編集者から興味深い資料を提供してもらった。
 タイトルは<帰還二勇士 戦争とスポーツを語る>。これは『オール読物』の1940年9月号に掲載されたものだ。
「帰還二勇士」とは当時、巨人のエースだった沢村栄治と「槍の笹崎」の異名をとったプロボクシング界のヒーロー笹崎僙のことだ。

 沢村が「ベースボールでもボクシングでも負けることは絶対嫌いでしょう、ゲーム中はどうしても勝ちたい、それが戦闘には持って来いですね。普通の者よりかっとなりますね。何糞という気になりますね」と話すと、笹崎はこう応じている。
「あくまでもやり通さねばいけないという気持はとても強いですね。自分の与えられた任務に対して忠実な気持をもってやり遂げることが出来るのです。自分は任務の都合で、よく一番先頭に出るのです、そうして敵陣の中で任務を遂行するのです、だから相当責任が強くなくては駄目です。とにかく運動をやっておった人は負けず嫌いだから、そういう状況に入るとたちまちかっとしますね」

 2人とも復員後、また競技の第一線で活躍した。
 どんなメンタリティーで死線を越え、戦争によるブランクを埋めたのか。
 笹崎の話。
「僕らは多少自分が病院生活をやって来たということがいつも心にあったから、自分の肉体に自信があっても、やはり心の中に弱くなったのではないかという不安があったのですね。しかし、戦場に一度捨てた命を拳闘の方で頑張ろうという真剣な気持がずいぶん強いです。だから帰って来てから、人一倍の練習をやり通すつもりです。朝は五時頃から練習しています」
 沢村はどうか。
「僕は以前のことは全部忘れることがいいと思って、新しく出発しようと思ってやっているのです。以前のことは以前で、アメリカに行ったとか、いろいろ華やかな生活があったとかいう気持でいたら失敗するのではないかと思うのです。それで人一倍練習はしたいのですが、それにはやはり自分の体を以前の体に戻してからやろうと思っております。向うでマラリヤをやっておりますし、わずかの間ではあったが、人間としてこれ以上耐えられんというところまで行った体ですから、筋肉労働をするまでには、自分の体を整えてからやった方がいいと思っております。野球というものも、片手でボールを投げてしまえばいいと思えばそれまでですが、やはり足の先から順々にやって行かなければなりません。ランニングをして腰を強くするとか、いろいろ基礎練習をしてから初めてボールを持って投げるので、無理をして一時線香花火のようによくても、長続きしません。ゆっくり徐々にやって行くつもりです。まあ初年兵からやり直すつもりです。」

 戦時下とはいえ、彼らは決して刹那的にはなってはいない。何としても生き抜き、アスリートとしての本懐を遂げようとの強い意志を感じ取ることができる。
 何より彼らは建設的である。自らが籍を置くチームや業界の発展に思索を巡らせる。
 笹崎は語っている。
「今度自分が帰って来て、考えたことは野球を見ても相撲を見ても、協会と言う確乎たるものがありますが、拳闘にはそういう体系だったものがないのです。一時あったこともありますが、すぐ瓦解したりしまして……。ところが幸いつい最近になって警視庁の斡旋で協会が出来るような運びになって来たんです。それでその進行過程にあるんですが、それが早く出来て明朗な拳闘界になるように心から切望しているしだいです。そういうものが出来て、選手の生活の安定とか、もし怪我をした場合の傷害保険の契約とかしてくれるようになると、安心して拳闘家として生活して行けると思います。そうすれば同時にプロモーターや審判の権威もさらに確乎たるものになるのですから、この際大乗的見地から、少しくらいの利害や面目を棄てて合同して明朗化を図ってくれるといいのですが……。」

 沢村の見解も興味深い。
「結局今の巨人軍がリーグで二位と下らないというのは、以前にアメリカに行ったせいでしょう。それで向うのチームを見て本当の野球というものを掴んで来たんです。六大学ならピッチャーがうまかったら優勝しますが、私達はそれが出来ないのです。ピッチャーだけでなくチームの力というものが平均して行かなければならない。それが巨人軍はうまいのですよ。それは向うに行って長所を掴んで来たからです。それでいつやっても強いこともなければ弱いこともない。他のチームだったら馬鹿に調子のいい時もあるが、がたっと弱くなったりする。各チームとも巨人軍の良いところを掴んで、各チームともそうなったらずっと面白くなって行くんです。」
 戦争を美化することはできないが、戦時下のスポーツ選手の言動に接することで、新たなる着眼につなげたいと思う今日この頃である。

<この原稿は2011年6月21日号『経済界』に掲載されたものです>

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