トライアスロンを長くやっていると、いろいろと驚かされることが多い。中でもハンディキャップを持つ方のチャレンジが意外にも多く、その姿勢に頭が下がる思いをすることがある。
 トライアスロン、中でもアイアンマンはスイム3.8km、バイク180km、ランニング42.195kmを連続して行う簡単にはできないスポーツだ。私のように25年もこのスポーツに取り組み、数え切れないほどのレースを走ってきた者にとっても、この距離をこなすことはそれなりの準備と覚悟がいる。なのに、どこかに障害があり、健常者と同じようには動けないのにこのスポーツに取り組む人たちがいる。怪我をしたりして足や手が満足に動かない経験をしたものなら、その不便さが良く分かるが、そんな状態でアイアンマンをこなすとはどんなタフなメンタルが必要なのか……。レースが大変なことは言うまでもないが、そこに至るまでに乗り越えるべきハードルを考えると、彼らの苦労は想像を絶するものがある。そんな苦労が垣間見え、人間の可能性の広がりを感じさせてくれるのがホイト親子である。
(写真:先月、出版された『ホイト親子、夢と勇気の実話 やればできるさ Yes, You Can.』ディック・ホイト著・主婦の友社)

 息子リックは脳性麻痺を持ち、身体を自由に動かすことも、しゃべることさえもできない。父親のディックが押したり引いたりして一緒にマラソンやトライアスロンをこなす。1990年代からアメリカのトライアスロン界では話題の親子で、私も何度かレースでお会いする機会があった。出生後に医師から絶望的な宣告を受けた息子を辛抱強く育て、教育を受けさせた。その結果、コミュニケーションもとれるようになり、大学を卒業するまでになる。そして、チャリティロードレースに興味を持ったのがきっかけで、一緒に走ることに。最初は8kmさえ大変な思いをして走っていた親子が、いつしかアイアンマンにチャレンジするようになっていく……。

 今だから話せるが、当時の私はアメリカ人の友人から彼らに対するいい話を聞いていなかった。「息子を無理やり出場させて売名行為をしている」「スポンサーをかき集め、金儲けをしている」などなど……。当時、あまりにも全米のメディアに取り上げられていたため、そんな見方もあったのだろう。恥ずかしながら私もそんな噂を信じていた1人であったが、ある大会でお会いし、少しお話しをさせて頂いて、この親子の人柄に触れることができたのが救いだった。その後はお会いすることもなく、久々に2人の姿を見たのは日本のTVを通して。彼らの戦う姿が報道され話題になり、そしてこのたびディックの著書が発売されたのである。

 日本はハンディキャップを持っている人の社会進出が進んでないと言われる。確かに欧米諸国では、ハンディキャップを持つ方々への支援が整っており、皆の意識も高いので現地に行くと驚かされることが多い。身障者用パーキングスペースに一般車が停まっているなんてあり得ないし、そこに停めるくらいなら駐禁スペースに停めるくらいの感覚だ。そんなお国柄だから、ハンディキャッパーのトライアスロンへのチャレンジが珍しくない。彼らや彼らの周囲の方々とお話しすると、日本国内でそうした光景をほとんど見ることがないのは、身体的な問題以上に、「競技にチャレンジしよう」という意識が当事者にも周りにも全くない面があるのではないかと思う。ちなみにその昔、ホイト親子が日本の大会に出場しようとしたら、「2人乗りの自転車では公道を走ることを許可しない」というハードルを越えられずに参加を断念したことがあった(その後、日本デビューはトライアスロンin徳之島大会で実現している)。この例にもあるように、社会環境とその意識の希薄さが彼らのチャレンジを阻んでいる面が多分にあるだろう。

 しかし、今回あらためてこの本を読ませて頂いて、ハンディキャップを抱える人に対して比較的理解があり、ハードルが低いと思われていた米国にあっても彼らのチャレンジが大変だったことが良く分かる。やはり既存の常識を超えるというのはどこであろうとも大変なことなのだ。それでも、彼らは「目の前の壁は行く手を遮る壁ではなく、人生という道に設けられたスピード制限の標識にしか過ぎない」と、時間をかけながら乗り越えて行く。この諦めない、粘り強い姿勢と精神は五体満足な我々に強烈なメッセージを投げかけてくる。彼らの直面している問題に比べれば、私の今直面している問題などたいしたことではないはずだと……。

 現実は小説より厳しく、小説より素晴らしい。
 こんな親子関係が、こんな素敵なストーリーが現実にあり、我々に訴えかけている。あらためて読み終えた今、なんだか生きていることが嬉しくなった。

 そう、
 Yes,You can!!  やればできるんだ!

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白戸太朗(しらと・たろう)プロフィール
 スポーツナビゲーター&プロトライアスリート。日本人として最初にトライアスロンワールドカップを転戦し、その後はアイアンマン(ロングディスタンス)へ転向、息の長い活動を続ける。近年はアドベンチャーレースへも積極的に参加、世界中を転戦している。スカイパーフェクTV(J Sports)のレギュラーキャスターをつとめるなど、スポーツを多角的に説くナビゲータとして活躍中。08年11月、トライアスロンを国内に普及、発展させていくための新会社「株式会社アスロニア」の代表取締役に就任。『仕事ができる人はなぜトライアスロンに挑むのか!?』(マガジンハウス)が発売中。
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