ジェロム・レ・バンナ(フランス)が藤田和之を相手にプロレスのリングで動いている姿を見ながら、いろいろ考えてしまった。8月27日、『IGF』が開催されていた両国国技館でのことである。
 キックボクサーであるバンナは、昨年まWORLD GP王者を目指して、K-1のリングに上がっていた。いまもK-1が正常な状態にあったならば、彼は生粋のキックボクサーであり続けていただろう。
(写真:昨年大晦日の「Dynamite!!」に出場して以降、日本ではプロレスのリングに上がっている)
 プロレスと総合格闘技。
 プロレスとキックボクシング(K-1)。
 つまりは、あらかじめ勝負を決めてから行なわれるプロレスとリアルファイト。
 これは同じリングで行なわれていても、似て非なるものである。

 もう15年近く前のことになるが、『PRIDE1』に参戦することが決まった直後のヒクソン・グレイシー(ブラジル)と話した時のことを思い出す。
 私は彼に尋ねた。
「(対戦相手の)高田延彦の試合のビデオテープは観たか?」と。
 するとヒクソンは少し笑みを浮かべながら言った。
「見たよ。でも、参考になるものは一つもなかった」
「というのは……」
「リアルファイトじゃないじゃないか。観る必要もなかったよ」

 その後、逆にヒクソンが私に尋ねてきた。
「あの(UWFインターナショナルでの)タカダの試合をファンは一体、どう思って観ているんだ?」
「あらかじめ勝敗を決めて行なっているプロレス(レスリングショー)だと思って観ている人もいるし、リアルファイトだと信じて観ている人もいる」
 そう私が答えると首を少し斜めに振りながらヒクソンは自信に満ちた表情で呟くように言った。
「私はフェイクが嫌いだ」

 マーク・コールマン(米国)とは、米国西海岸でよく顔を合わせた。
 彼は総合格闘技『PRIDE』のリングで八百長試合を行なったことがある。1999年4月、名古屋での『PRIDE5』高田延彦戦で、負ける役を引き受け、実行した。その話になった時、コールマンは言った。
「PRIDEのリングは俺にとってビジネスなんだ」
「でも、ファンは、あの試合をリアルファイトだと思って観ていたのでは……」
「わかっている。もう過ちは犯さない。でも、お金が必要だったんだ」

 その後、『ハッスル』のリングに上がる前にもコールマンは同じ言葉を口にした。
「これはビジネスだ」
 私は少し悲しい気持ちになった。
 コールマンは、PRIDEでのリアルファイトに出撃する前には、いつもイキイキとした表情で話をする。でも、「ビジネスだ」と口にした時の彼の表情は明らかに歪み、雲っていたからだ。

 時は流れた。
 いまは、プロレスをリアルファイトだと思って観ている人は少なくなった。でも実のところプロレスとリアルファイトの違いが解らない人も結構いる。
 バンナは、ピーター・アーツ(オランダ)は、そして昨年の大晦日に青木真也を粉砕した長島☆自演乙☆雄一郎は、どんな気持ちでプロレスのリングに上がったのだろうか……。

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近藤隆夫(こんどう・たかお)
1967年1月26日、三重県松阪市出身。上智大学文学部在学中から専門誌の記者となる。タイ・インド他アジア諸国を1年余り放浪した後に格闘技専門誌をはじめスポーツ誌の編集長を歴任。91年から2年間、米国で生活。帰国後にスポーツジャーナリストとして独立。格闘技をはじめ野球、バスケットボール、自転車競技等々、幅広いフィールドで精力的に取材・執筆活動を展開する。テレビ、ラジオ等のスポーツ番組でもコメンテーターとして活躍中。著書には『グレイシー一族の真実〜すべては敬愛するエリオのために〜』(文春文庫PLUS)『情熱のサイドスロー〜小林繁物語〜』(竹書房)ほか。最新著『キミはもっと速く走れる!』(汐文社)が好評発売中。
連絡先=SLAM JAM(03-3912-8857)
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