第138回 「皇帝ヒョードル復活ならず」に想う

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 ストップは少し早かったように思う。あの続きが見たかった。しかし、現在のMMA(ミクスド・マーシャルアーツ=総合格闘技)のレギュレーションを考えれば、仕方がないかもしれない。
 7月30日(現地時間)、米国シカゴで開催された『Strikeforce』でのエメリヤエンコ・ヒョードル(ロシア)vs.ダン・ヘンダーソン(米国)を観ながら感じたことである。
 ヒョードルは、ウェイトを3キロ絞りフィジカル・コンデョションを整えてケージに入った。体調は良かった。しかし、かつてのように試合を自分のペースに持ち込むことはできなかった。それどころかプレッシャーをかけることもできない。それは、対戦相手のヘンダーソンが、ヒョードルに対して恐怖心を持たなくなってしまったからだろう。ヒョードルが、ファブリシオ・ヴェウドゥム(ブラジル)、アントニオ・シウバ(ブラジル)に敗れた試合を彼は観ている。
「怖れるに足りず。勝機あり」
 そんな思いがヘンダーソンの気持ちの中に宿っていたのだ。

 開始直後、ヒョードルとヘンダーソンはスタンドで果敢に打ち合った。その流れの中でパンチをヒットさせたヒョードルが金網近くでパウンドに持ち込む。それでも、この時、ヘンダーソンは冷静だった。精神的プレッシャーを感じていなかったからだ。下になった状態から巧みに足を取って体勢を入れ替え、逆にヒョードルにパウンドを喰らわせていった。

 この場面でレフェリーがストップをかけ、試合は終わる。ヘンダーソンが決定的な一打を叩き込んでいたわけではない。ヒョードルが失神したわけでもなかった。おそらく、無敗の進撃を続けていた頃のヒョードルの試合であったならば、レフェリーもストップを躊躇したことだろう。時の流れからもヒョードルは見放されていたのだ。

 試合前、私は思っていた。このヘンダーソン戦で敗れたならば、その時こそ、ヒョードルは戦場から去るだろう、と。
 だが、それはなさそうだ。
 ヒョードルはこの一戦で燃え尽きたわけではない。今後もケージに入るだろう。しかし、今度の闘いは復活戦ではない。元チャンピオンの肩書きはあっても、ヘビー級の一選手としての闘いとなる。「ヒョードル時代」の幕は今回の敗戦で二度と開かぬよう完全に閉じられた。

 最後にひとつ気になることにも触れておきたい。
 今年に入ってまだ一度も、ヘビー級を中心とする「K-1」の大会が開かれていない。例年ならば、「K-1 WORLD GP」は9月に開幕戦、12月に決勝大会が行なわれるのだが、8月になった現在も大会概要すら発表されていない。もしかすると、今年は「K-1 WORLD GP」は開催されないのかもしれない。
 ブランコ・シカティック(クロアチア)が優勝した1993年の第1回大会から18年続いてきた「K-1 WORLD GP」のトーナメントが消滅してしまうのなら、それは、これまで格闘技を見続けてきたファンにとって悲しい事態である。

 もし開催できないのであれば、主催者は、悲しい事態になった経緯を長年、K-1を観続けてきたファンに対して、きちんと説明をすべきである。ファイトマネー未払いの件も含めて詳細に。
「ファンのために……」
 その言葉を大会主催者は、都合のよい時だけ連呼してはいけない。

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近藤隆夫(こんどう・たかお)
1967年1月26日、三重県松阪市出身。上智大学文学部在学中から専門誌の記者となる。タイ・インド他アジア諸国を1年余り放浪した後に格闘技専門誌をはじめスポーツ誌の編集長を歴任。91年から2年間、米国で生活。帰国後にスポーツジャーナリストとして独立。格闘技をはじめ野球、バスケットボール、自転車競技等々、幅広いフィールドで精力的に取材・執筆活動を展開する。テレビ、ラジオ等のスポーツ番組でもコメンテーターとして活躍中。著書には『グレイシー一族の真実〜すべては敬愛するエリオのために〜』(文春文庫PLUS)『情熱のサイドスロー〜小林繁物語〜』(竹書房)ほか。最新著『キミはもっと速く走れる!』(汐文社)が好評発売中。
連絡先=SLAM JAM(03-3912-8857)
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