第140回 闘い続ける桜庭和志に想う

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 トップを極めた競輪選手のバンクの去り方は2通りある。
「力が落ちてきた」
 そう感じた時にスパッと自転車からおりる。これがひとつ目。年間1000万円以上稼ぐ力を残していたとしても、「ここが引き時」と思い、30代で引退するのだ。
(写真:いまだに総合格闘技界の顔として、桜庭の露出は多いが……)
 ふたつ目は、ボロボロになるまで闘う。
 S級からA級、それも最低ランクのA級3班まで落ちても走り続け、最後はデビューしたての若手選手の踏み台になって現役生活を終える。厳しい野次にプライドを傷つけられてもそれに耐えて走り、強制引退の日を迎えるのだ。

 トップを極めた選手のやめ方が2通りあるというのは、プロスポーツにおいて共通して言えることなのかもしれない。プロ野球の世界でもそうだが、選手寿命の長い(60歳を過ぎても走っている選手のいる)競輪界において、それは顕著だ。

 ここで、やめ方について良し悪しを語るつもりはない。選手各々で考え方が違えば、置かれる経済状況も異なる。生き方は、さまざまで良いと思う。
 だが、9月24日、さいたまスーパーアリーナで、桜庭和志が新鋭ファイター、ヤン・カブラル(ブラジル)に完敗を喫するシーンを目の当たりにして、選手の引き際について考えざるを得なかった。

 桜庭は、21世紀に突入すると同時に迎えた総合格闘技全盛時のスーパースターである。出世試合となったのは、2000年5月1日、東京ドームで開かれた『PRIDEグランプリ』決勝大会でのトーナメント準々決勝、ホイス・グレイシー(ブラジル)戦。ここで90分を超える死闘の末にグレイシー陣営にタオル投入を余儀なくさせ、彼は勝利を収めた。当時、グレイシー一族のファイターを破ることは、格闘家として、この上ない快挙だった。以降、桜庭は『PRIDE』のエースとして幾多の名勝負を残し、その名を世界に轟かせている。

 ヘンゾ・グレイシー(ブラジル)戦、ヴァンダレイ・シウバ(同)戦、クイントン“ランペイジ”ジャクソン(米国)戦、ミルコ・クロコップ(クロアチア)戦、ケビン・ランデルマン(米国)戦、ケン・シャムロック(同)戦……常に勝利したわけではなかったが、桜庭の闘いは観る者を熱くさせ続けた。2000年代前半のことである。

 あれから10年近くが経つ。時の流れは非情だ。
 いまの桜庭は、すてにトップファイターではない。競輪界にたとえて言えば、ランクはS級からA級に落ちている。
 2010年以降、桜庭は一度も勝利していない。戦績は次の通りだ。

 2010年5月29日『DREAM14』 対ハレック・グレイシー(ブラジル) ×判定0−3、5ラウンド終了
 2010年9月25日『DREAM16』 対ジェイソン・ミラー(米国) ×肩固め、1ラウンド2分9秒
 2010年12月31日『Dynamite!』 対マリウス・ザロムスキー(リトアニア) ×ドクターストップTKO、1ラウンド2分16秒/)
 2011年9月24日『DREAM17』 対ヤン・カブラル(ブラジル) ×肩固め、2ラウンド2分42秒

 桜庭は、すでに全盛時のような身のこなしができなくなっている。得意の低空タックルを流れの中で決めることができない。相手の繰り出すパンチに対してもディフェンス反応が的確に行なえず、クリーンヒットをもらうことも多くなった。これは階級を変更する云々の問題ではないだろう。もはやミドル級であれ、ウェルター級であれ、トップ戦線に返り咲くのは厳しい状況にある。

 敗れた後、桜庭はヤン・カブラルをリング上で讃えていた。彼は、この後もリングに上がり、新鋭ファイターたちの踏み台になり続けるのだろうか? 競輪選手なら、競争得点が足りなくなれば、強制引退に追い込んでもらえる。プロ野球選手は契約してくれる球団がなければユニホームを脱げる。だが、総合格闘技の場合、悲しいかな区切りをつけてもらえない。ネームバリューのある桜庭が闘いを欲していると言えば、彼をリングに上げる団体が存在してしまうのだ。

「もうやめろ」
 彼に対して、そんなことを言う権利は私にも誰にもない。闘いを愛し続けることは尊いようにも思う。だが格闘技の場合は、それは時に観る者に残酷な印象を与えてしまう。そのことを桜庭本人は、プロとしてどう考えているのだろうか?

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近藤隆夫(こんどう・たかお)
1967年1月26日、三重県松阪市出身。上智大学文学部在学中から専門誌の記者となる。タイ・インド他アジア諸国を1年余り放浪した後に格闘技専門誌をはじめスポーツ誌の編集長を歴任。91年から2年間、米国で生活。帰国後にスポーツジャーナリストとして独立。格闘技をはじめ野球、バスケットボール、自転車競技等々、幅広いフィールドで精力的に取材・執筆活動を展開する。テレビ、ラジオ等のスポーツ番組でもコメンテーターとして活躍中。著書には『グレイシー一族の真実〜すべては敬愛するエリオのために〜』(文春文庫PLUS)『情熱のサイドスロー〜小林繁物語〜』(竹書房)ほか。最新著『キミはもっと速く走れる!』(汐文社)が好評発売中。
連絡先=SLAM JAM(03-3912-8857)
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