栗栖良依(スローレーベル芸術監督)<後編>「ハレの瞬間をみんなでつくる」

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伊藤数子: 栗栖さんは2011年に国内外で活躍するアーティストと障がいのある人を繋ぐ市民参加型ものづくりの組織「SLOW LABEL」(現・認定NPO法人スローレーベル)を立ち上げました。

栗栖良依: 私が骨肉腫の闘病生活から社会復帰した後、縁があって横浜ランデヴープロジェクトのディレクターに就任しました。その際、アーティストと横浜市内の障がい者施設のコラボレーションで生み出された品々を「SLOW LABEL」と名付けてブランディングしたのがスローレーベルのスタートです。

 

二宮清純: 元々はブランド名だったんですね。そこから法人格を得たのが3年後ですか?

栗栖: はい。2014年に横浜市の文化観光局、健康福祉局とともに、現代アートの国際展「ヨコハマ・パラトリエンナーレ」を開催しました。多様な人の居場所と役割の創出をビジョンに掲げ、突出した能力や知覚をもつ障がいのある人と多様な分野のプロフェッショナルを繋ぐパラトリエンナーレを開催しました。それを機に「SLOW LABEL」を法人化し、特定非営利活動法人スローレーベルを立ち上げました。

 

伊藤: 東京パラリンピック開会式で「アクセスコーディネーター」や「アカンパニスト」というスペシャリストを栗栖さんが育成、起用したのも、スローレーベルの活動がきっかけでしょうか?

栗栖: そうですね。ひらたく言うと、「アクセスコーディネーター」は環境を整える人で、「アカンパニスト」は伴奏する人です。スローレーベルでは、障がいのある人が社会の中で文化芸術活動に参加するための環境整備に取り組んできました。

 

伊藤: 東京パラリンピック開会式を何度も映像で見ました。ダンサーは、統一したポーズに合わせるというより、一人ひとりが独自の動きをしていました。

栗栖: ありがとうございます。そこはオリとパラの大きな違いかもしれません。オリはひとつの振り付けを振付師がつくり、上手に踊れる人をキャスティングしていけばいい。だがパラの場合は、それぞれ身体の特徴が違うので振り付けよりもキャスティングを先にした方が面白いパフォーマンスがつくれる。もちろん、オリのつくり方をパラに当てはめることもできますが、それだと表現できる人が限られてしまう。パラにしかできないことをやりたくて、違うやり方で作品づくりを進めていきました。

 

二宮: スローレーベルでは「フラット・マネジメント」ということを大事にされています。要するに組織のリーダーが部下やチームメンバーをリスペクトし、対等な水平目線で向き合うことで組織を運営、マネジメントしていくということでしょうか?

栗栖: その通りです。この「フラット・マネジメント」という概念自体は、私たちが考えたものではないのですが、私たちのスローレーベルのアプローチや現場が、「フラット・マネジメント」に共通しているんです。スローレーベルの活動では、経験の有無やプロアマの垣根がなく、全ての参画者がフラットに“自分らしく”共奏できる環境を提供することを大事にしています。

 

音楽プロジェクトが原動力

 

二宮: 栗栖さんは「日常における非日常」をテーマに掲げ、過疎化した地域を旅しながら、それぞれのコミュニティが抱える分断や対立の課題と向き合うソーシャルエンターテインメント作品をつくっています。

栗栖: 日本では、お祭りがコミュニティを形成する上において、すごく大事な催事だと思うんです。今、過疎化が進む地域では、お祭り自体が減ってきている。私は、そういった地域にハレの日をつくるための作品をつくってきました。たとえば徳島県の神山町や新潟県の十日町市では、市民を巻き込んで映像作品を制作しました。東京ではなかなか何百人規模を巻き込んでの作品づくりが難しいんですが、地方ではそれができる環境がありました。

 

二宮: 価値観の違う人々を、ひとつにまとめる難しさもあったでしょう?

栗栖: 日頃から「仲良くしてください」と言われてもできないけど、何かお祭り的な行事がある場合に「しょうがないな」と、ひとつにまとまることがある。人と人を繋ぐのが私は得意なので、ものづくりという媒体を介し、まちの人たちを繋ぐんです。

 

伊藤: それは素晴らしいことですね。ところで栗栖さんは東京パラリンピック後に、燃えつき症候群になったと伺いました。そこから、どう立ち直ったのでしょう。

栗栖: 2022年に構想し、2024年からスタートした『Earth∞ Pieces』(アース・ピースィーズ)という音楽プロジェクトが私を奮い立たせました。

 

(写真:Earth Piecesのワールドプレミアの様子 ©427FOTO)

二宮: それは、どんな音楽プロジェクトなのでしょう?

栗栖: 東京パラリンピック開会式で演奏したパラ楽団を手掛けた音楽家・蓮沼執太さんとのプロジェクトです。ベートーヴェンの「喜びの歌(第九)」を題材とし、1公演ごとに多彩な個性を持つプレイヤーに参加してもらっています。楽器が弾けなくても、五線譜が読めなくても、音が出せない人も、それぞれの奏でる音で、「喜びの歌」を表現するんです。最初は2024年3月に横浜で開催し、次は2026年3月にイタリアのミラノで公演を計画しており、現在、ファンドレイジング中です。その次はアメリカのロサンゼルス。最終目標は2030年の国連総会で人間だけではなく、自然やテクノロジーなど地球を構成する様々な生命で新時代の「喜びの歌」を奏でることです。

 

(おわり)

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栗栖良依(くりす・よしえ)プロフィール>

認定NPO法人スローレーベル芸術監督、ミラクル株式会社代表取締。1977年、東京都出身。2000年、東京造形大学造形学部美術学科卒業。2006年、ドムスアカデミー(イタリア・ミラノ)ビジネスデザイン修士号取得。2010年、骨軟部腫瘍の一種である悪性繊維性組織球腫を発症し、右下肢機能を全廃する。3度の手術と8回の抗がん剤治療を経験した後、社会復帰。2011年、国内外で活躍するアーティストと障がい者を繋げた市民参加型ものづくり「SLOW LABEL」(現・認定NPO法人スローレーベル)を立ち上げた。障がい者の創作環境におけるアクセシビリティ改善の仕組みを開発し、「アクセスコーディネーター」や「アカンパニスト」と称したスペシャリストを育成する。その活動が評価され、2016年リオパラリンピック閉会式・旗引継式のステージアドバイザー、2021年東京オリンピック開閉会式D&I チーフプロデューサー、東京パラリンピック開閉会式のステージアドバイザーを務めた。

 

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