白﨑雄吾(リコーブラックラムズ東京クラブ・ビジョナリー・オフィサー)<前編>「ユニバーサルデーから学んだこと」

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 ラグビー・リーグワンのリコーブラックラムズ東京は、<活力と感動を。社会に、そして未来に向かって>をチームミッションに掲げ、スポーツを通した社会課題解決に取り組んでいる。チームの事業運営を担当する、白﨑雄吾クラブ・ビジョナリー・オフィサー(CVO)に話を訊いた。

 

二宮清純: 今年3月、ブラックラムズは東京・秩父宮ラグビー場で行われたホストゲーム(ラグビー・リーグワン第13節)で、「誰もが楽しめるラグビー観戦環境」をコンセプトとする「ユニバーサルデー」を開催しました。今回初めての試みだったとうかがいました。反響はいかがでしたか?

白﨑雄吾: おかげさまで、いろいろなところから声を掛けていただきました。反応は思った以上に大きかった。他チームからも「ウチもやってみたい」と。私はチームのみならずリーグが主導していくのが理想だと思っています。リーグワンの理念を体現したイベントなので、もっとリーグが大々的に進めてほしいと考えています。

 

二宮: 会場は1947年開業の秩父宮ラグビー場でした。80年近く前に造られたスタジアムですから、バリアフリーという観点では、十分じゃないでしょう?

白﨑: おっしゃる通りです。車椅子席はバックスタンド側に20席しかありません。それでは車椅子ユーザーをあまり呼べなくなってしまうので、南スタンドの最前列を臨時の車椅子席にしました。

 

伊藤数子: 特設の席を設けたんですか?

白﨑: 通路になっているところを車椅子席にしました。本来増設、または撤去の場合、申請が必要なのです。興行場法というものがあり、管轄は保健所になります。秩父宮ラグビー場の場合、港区。常設の席を改修することが前提となっていますが、今回は保健所のご理解、ご協力があってスムーズに車椅子席を増やすことが実現できました。

 

伊藤: ユニバーサルな取り組みを受け入られる社会に少しずつなってきているという証拠かもしれませんね。

白﨑: そう思います。ブラックラムズとしても「スポーツのチカラで何ができるか」ということを模索し、チームのホストエリアである世田谷区、そして東京都の関係者を築いている最中です。

 

二宮: 今回のユニバーサルデーで障がいのある方を、どのくらい招待されたんでしょうか?

白﨑: パラスポーツに関わっている知人に相談した際、「2000人くらい招待かけようと思っています」と話すと、「障がいと言っても、いろいろあり、同じ障がいでも千差万別なんだから、2000人は多過ぎる」と叱られました。受け入れる側にも相応の準備が必要だと。私自身、そういうことを全くわかっていなかった。相談した方のアドバイスを受け、難病や重い障がいのある人は関係者を含め約100人、聴覚障がいのある人は約80人、児童養護施設の子どもたち約10人を招待しました。

 

二宮: 聴覚障がいのある人とコミュニケーションを円滑に進めるためには、手話通訳者が必要になります。

白﨑: 私たちのホストエリアである東京都世田谷区は、昨年4月に手話条例を施行しました。その普及活動の一環として、ブラックラムズがお手伝いさせていただきました。その縁もあり、ユニバーサルデー当日、手話通訳者の方に聴覚障がいのある人のサポートをしていただきました。

 

誰もが楽しめる観戦サービス

 

伊藤: 聴覚障がいのある人に向けてのコミュニケーションサービス「Pekoe」(ペコ)もリコーの製品です。

白﨑: はい。Pekoeは、専用アプリをダウンロードするとスタジアムMCの声をリアルタイムでテキスト化したものが配信される観戦サービスです。これによって聴覚の障がいのある人が試合状況やルールを理解しやすくなる。このPekoeを使った観戦サービスは、昨年4月に世田谷区の駒沢オリンピック公園総合運動公園陸上競技場で開催したリーグワン第12節で実施しましたが、大変好評でした。それで今回のユニバーサルデーでも使用しました。このリコーが立ち上げたPekoeと、先ほど話した世田谷区の手話条例、今年11月には東京でデフリンピック開催されることの3つを繋ぎ合わせることができた。そのおかげでデフリンピックにおいてもPekoeを使用していただけることになりました。

 

二宮: ラグビーの場合はビギナーにはルールが複雑で、観戦のハードルになっていますからね。テキストで観戦をサポートしてくれるのはありがたいですね。聴覚障がいの有無にかかわらず有効なサービスです。

白﨑: その通りです。実際、アンケートを取ると、聴覚障がいのない人からも「体験価値が上がった」という意見をいただきました。その意味で今回のユニバーサルデーは、誰もが受益者になれるということに気づかせてくれたイベントになりました。

伊藤: まさにユニバーサルデザインの本質のところですね。

 

二宮: ではユニバーサルデーを開催して一番大変だったことは?

白﨑: 今回は重度の障がいがある人をご招待しましたので、どういう状況になっても対応できるよう医師を常駐してもらい、臨時の救護室を設けました。当日は製薬メーカーの方にも来ていただきましたし、介護士を付けることなど、いろいろなことをやりました。会場の近隣にある高校の駐車場スペースをお借りしました。ユニバーサルデーを開催するまでは、それだけの準備が必要とはわかっていなかった。それを知ることができたという意味でも、私たちにとって学びの多い機会となりました。

 

(写真提供:リコーブラックラムズ東京)

二宮: 啓発された選手もいたんじゃないでしょうか。

白﨑: めちゃめちゃいました。当日ノンメンバーだった南昂伸は、障がいのある子ども・家族らとの観戦会に参加してくれましたが、「いろいろと知ることができた」とコメントしていました。ニュージーランド出身のジェイコブ・スキーンには、「チームミーティングで、このイベントのことをしゃべらせてくれ」と言われました。ミーティングで、チームメイトに「僕はこのイベントに関われてハッピーだった。今、自分がラグビーをできていることがいかに幸せかということも実感できた。スポーツのチカラで人を喜ばせることができる。今年が参加できなかった選手は来年もやるならば、ぜひ関わって欲しい」と話してくれました。

 

二宮: スポーツのチカラ、意義が再確認できた機会になりましたね。

白﨑: そうですね。それまでは勝ち負けだけに価値を持っている選手も少なからずいました。ユニバーサルデーを今回限りにするのではなく、継続していくことが大事だと感じています。理想を言えば、毎試合、当たり前のように実施されるべき。そのためにも多くのステークホルダーを巻き込み、持続可能なかたちにしていきたいです。

 

(後編につづく)

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白﨑雄吾(しらさき・ゆうご)プロフィール>

リコーブラックラムズ東京クラブ・ビジョナリー・オフィサー。1978年、神奈川県出身。2002年明治大学政治経済学部卒業。リクルートグループ2社を経て、2012年に株式会社ビジネス・ブレークスルー(現:株式会社Aoba-BBT)入社。大前研一と共に次世代リーダー育成プログラムの立ち上げに従事した。2017年ビジネス・ブレークスルー大学事務局長としてカリキュラム開発、教員採用、学生募集等大学経営全般の業務と並行して、企業やスポーツチームの研修講師として活動。2022年より株式会En人を設立。同年、ラグビー・リーグワンのリコーブラックラムズ東京クラブ・ビジョナリー・オフィサー着任し、現在に至る。

 

>>リコーブラックラムズ東京

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NPO法人STAND代表の伊藤数子さんと二宮清純が探る新たなスポーツの地平線にご期待ください。

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