第814回 小山正明と稲尾和久の共通点

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 生前、野村克也に「現役時代に対戦して最もコントロールのよかったピッチャーは?」と訊ねたことがある。

 

 

 

 

 返ってきた言葉は「小山正明と稲尾和久」というものだった。

「針の穴をも通すコントロールを持つ男」と呼ばれた小山が、さる4月18日、急性心不全のため世を去った。90歳だった。

 

 小山は阪神-東京・ロッテ-大洋で、通算320勝を記録している。これは400勝の金田正一、350勝の米田哲也に次いで歴代3位だ。阪神時代の1962年には沢村賞、東京時代の64年には30勝をあげ、パ・リーグの最多勝に輝いている。

 

 また小山は、日本で本格的にパームボールを投げた初のピッチャーとしても知られている。これには伏線がある。62年、阪神は小山が27勝をあげる活躍でリーグ優勝を果たしたが、巨人の王貞治には7本もの本塁打を打たれていた。

 

 この年、王は38本塁打で、初のホームランキングに輝いたのだが、実に2割近くが小山から奪ったものだった。

 

 成長著しい王のバットを封じるには、どうすべきか。小山はアメリカの野球雑誌からヒントを得てパームボールを習得する。この“魔球”に王は翻弄され、翌63年は本塁打0に終わった。

 

 実は“精密機械”の双璧とされる小山と稲尾には共通点がある。2人とも無名校(小山は兵庫・高砂高、稲尾は大分・別府緑丘高)の出身で、将来を嘱望された投手ではなかった。

 

 小山に勝ち星で劣るものの、稲尾の通算276勝も出色だ。61年には連投に次ぐ連投でシーズンタイ記録の42勝をあげ、“鉄腕”と崇められた。

 

 ともに無名校出身の2人は、打撃投手からスタートした。「ストライクが入らないと(先輩の)藤村富美男さんから“練習にならん”とよく叱られた」と小山。稲尾も、周囲から「手動式練習機」と揶揄されるほど、打撃投手として酷使された。

 

 しかし、こうした労苦が後に比類なき制球力を身に付けることで報われる。相撲で言うところの「3年先の稽古」である。

 

<この原稿は2025年5月26日号『週刊大衆』に掲載されたものです>

 

 

 

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