千葉ロッテのエース成瀬善久は昨季、パ・リーグを制した福岡ソフトバンクに対して全く歯が立たなかった。レギュラーシーズンでの対戦成績は0勝4敗。埼玉西武とのCSファーストステージ初戦に先発した彼は中4日でソフトバンクとのファイナルステージ初戦のマウンドに立った。
 敵地・ヤフードーム。成瀬はいつもよりリラックスしていた。「こっちは負けて当たり前と思っているので気が楽。ところが向こうは勝って当たり前という状況。ヨソ行きの野球をやっているように感じられた」。そして続けた。「大事に行こうという意識が強過ぎるのか、“次のバッターにつなげよう”“ランナー二塁では右に打とう”という感じで慎重になっている。こっちは“打たれたら仕方がないや”くらいの気持ちで投げているのに。だから大胆に攻めることができました」。成瀬は4安打1失点完投勝ち。これによって自信を得た成瀬は再び中4日で最終第6戦に先発、今度は4安打完封勝ちで日本シリーズへの出場権を勝ち取った。文字どおり無欲の勝利だった。

 無欲の勝利と言えば思い出すのが1973年のパ・リーグプレーオフだ。パ・リーグで初めて実施されたプレーオフを制したのは、後期、阪急にひとつも勝てなかった(0勝12敗1分け)前期の覇者・南海だった。決戦前だというのに、南海の選手の間からは「4日で(3連敗して)プレーオフが終わるからゴルフやろ」なんて声も上がっていた。ところが、である。「試合が始まると、どうも阪急の様子がおかしい。こっちは“どうせ3試合で終わりだ”と思っているのに……。それならいじめてやろうかと(笑)」。このプレーオフでMVPに輝いたクローザーの佐藤道郎は後にそう語った。

 ともに王手をかけて迎えた第5戦、南海のプレーイングマネジャーだった野村克也は阪急ベンチの異変に気づく。「ウチは負けてもいいとリラックスしているのに、阪急は勝って当たり前なものだから、もうやたらめったら緊張している。これは勝てるなと……」。終わってみれば3勝2敗で南海の優勝。「負けに不思議の負けあり」。おそらく阪急・西本幸雄監督はそんな心境だったはずだ。

 短期決戦はレギュラーシーズンとは別物である。陸上にたとえて言えば短距離とマラソンか。獅子の下剋上か鷹の門前払いか。初戦が大きなカギを握る。

<この原稿は11年11月2日付『スポーツニッポン』に掲載されています>
◎バックナンバーはこちらから