W杯予選最終戦の試合時刻合わせるべき
日本の突破がすでに決まっていたW杯アジア最終予選の終盤を迎えるに当たって、わたしはひそかに期待……というか「そうならないかな」と出現を願っていた状況があった。いわゆる“ヒホンの恥”と呼ばれ、その後のサッカー界を大きく変えることになったのと同じ状況の再現だった。
残念なことに、最終節を待たずして、アジアのほとんどの順位は定まってしまった。オーストラリアとサウジアラビア、パレスチナとオマーンには結果次第で逆転が起こり得たが、AFCにとっては幸いなことに、4カ国の運命はそれぞれの直接対決に委ねられていた。
つまり、82年W杯スペイン大会のヒホン会場で起きた、西ドイツ対オーストリアによる世紀の茶番劇の再現とはならなかった。
ご存じない方のために簡単に説明しておくと、この試合は、1点差の負けなら1次リーグ突破が決まるオーストリアと、勝てば突破の決まる西ドイツが、W杯史上もっとも醜いとされた試合内容と結果で、両者の思惑を実現させたものだった。
なぜこんなことが起きたのか。同じグループのアルジェリアが一足先に試合を終えていたからだった。言ってみれば完全な後出しじゃんけん。W杯の1次リーグ最終節がすべて同じ時間に開始されるようになったのは、この試合がきっかけだった。
ブラジル対イタリアの死闘、西ドイツ対フランスの伝説のPK戦など、今なお史上最高の大会との呼び声高いスペイン大会は、アフリカ勢力の躍進が目立った大会でもあった。
これまでアウトサイダーだった地域が力をつけてきたがゆえに起きた、“ヒホンの恥”だったということもできる。順位を争うライバルが南米や欧州勢であれば働いた自制心が、アフリカ相手には吹っ飛んでしまったということである。
ともあれ、歴史的な醜態がさらされたことで、世界のサッカーは変わった……はずだった。
だが、今回のアジア最終予選の最終節、試合開始の時間はバラバラだった。
アジアは広い。中東と極東で試合開始時間を揃(そろ)えるのが難しいのは理解できる。しかし、ダイレクトインとプレーオフ争いとさまざまな思惑が絡み合う今回の最終予選の場合、展開次第では中東で戦うチームだけが後出しじゃんけんの試合ができる可能性があった。
しかも、今回の予選ではインドネシアの躍進やウズベキスタン、ヨルダンの本大会初出場など、アジアのサッカーが新しい時代を迎えつつあることが証明された。近い将来、一時的には広くなったように感じられた世界へのルートが、再び狭く感じられる時代がやってくる。
いつかくるそのときのために、現状の方式を放置していてはいけない。日本やオーストラリアの試合結果を見てから中東勢が試合をする、という状況は、正しておかなければならない。
現時点で考えられる対応策は3つある。ひとつは、強引にでも最終戦の試合開始時刻をあわせること。2つ目は、かつてそうだったように、最終予選を1カ国による集中開催とすること。そして3つ目は、東西を完全に分割すること、である。
どの方式を採るにせよ、全面的な賛同がえられることはないだろう。ただ、現状のやり方では、いずれ確実に大きなトラブルが起こる。日本サッカーがアジアで影響力を持ついまだからこそ、協会は周辺国との連携も考えつつ、未来のために動き出してほしい。
<この原稿は25年6月12日付「スポ-ツニッポン」に掲載されています>