名GKコーチ、松永成立の辞任を残念に思う

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 J1で最下位に沈む横浜F・マリノスはスティーブ・ホーランド監督の解任に始まってコーチの退団、選手の移籍などショッキングなニュースが続いている。

 

 チームにとって大きな痛手となったのが、5月末に発表された松永成立GKコーチの辞任にほかならない。本人からの申し出ということだが、その理由は明らかにされていない。マリノスの前身、日産自動車の黄金期を築いたレジェンドの一人であり、2007年から18年にわたってトップチームのGKコーチを務めてきた大の功労者。榎本哲也(アシスタントコーチ)、飯倉大樹、朴一圭(ともにマリノス)、高丘陽平(バンクーバー)、一森純(ガンバ大阪)らを一線級に育て上げた。基本に忠実をモットーとしつつ、アンジェ・ポステコグルー監督体制下では極端なハイラインに対応し、ビルドアップでも重要な役割を果たす新時代のGK像を構築してきた。

 

 松永の指導法を表現するなら、理論的、刺激的、情熱的と言えようか。

 

 彼の現役時代はまだGKに対するコーチングがしっかり確立しているとは言い難かった。2000年に引退して京都サンガに残ってGKコーチに就任すると、サッカーの教則本のみならず、あらゆるジャンルの本を読み漁った。チームのトレーナー、フィジカルコーチに体の仕組み、体の使い方を一から学び「GKとしてこの動作をしたいなら、こういうふうに体を持っていかなければならない」と一つひとつを“解剖”することで独自の理論的な練習法を編み出していく。マリノスのコーチになってからはますますのめり込んでいった。とにかく研究熱心で、選手から質問されたことにはすべて答えられるようにしていたという。

 

 かつウォーミングアップメニューから毎日違うものを用意する。その日の状況を見ながらメニューをときに付け足し、ときに削る。選手たちに常に刺激を与え、意欲的に取り組めるようなトレーニング内容にすることにこだわった。クロス対応、キック、ビルドアップなどGKに必要な要素はたくさんあるが、最も大事にしているのはシュートストップ。ポジショニング、キャッチング、姿勢、一歩目のスピード……一つひとつ自分なりの正解を伝え、とことん体に染み込ませた。

 

 理論的と刺激的、その2つで選手たちから信頼を寄せられたわけではない。何よりも情熱があった。居残り練習をやるとなれば、最後まで付き合った。

 

 松永は語っていた。

「なあなあにしてその日を終わりたくないんですよ。もしできていないんだったら、鉄は熱いうちに打て、じゃないけど、直せるものはその日に直しておきたい。

 ハードワークしないとメンタルの強さも生まれてこないと僕は思っています。メンタルの弱いヤツが、強くなれないとも思ってない。むしろ初めっから強いヤツってなかなかいないですよ。僕もそうでしたから」

 

 そして、ピッチ内外の振る舞い、行動こそが大事だと説いた。飯倉からこのように聞いたことがある。

 

「シゲさんは周りの選手から信頼されるための振る舞いを教えてくれています。ゴールを守ることって、本当に難しい。簡単そうなシュートでも強いスピンが掛かっていて、処理を間違ったら失点につながってしまう。ミスが起こったときでも普段の練習や日頃の生活態度でしっかり示していれば、信頼を損なわない。僕もみんなのミスを守ってあげたい。みんなが信じてくれるように行動していくことが自分の立ち位置だと思うようになりました」

 

 みんなに信頼されなければ一人前のGKにはなれない。それが松永の教えの肝であった。

 

 松永が残した“シゲイズム”はアシスタントコーチの榎本がしっかりと引き継いでくれるに違いない。

 

 ただ、あれだけ現場を、マリノスを愛した彼がチームを離れるというのは断腸の思いだったはず。以前、こんな夢を語ってくれていた。

 

「やっぱりドーハの悲劇で世界への扉をパンって閉じられてしまった悔いというのは今もあるんです。でももう自分は現役じゃないから、その扉をこじ開けられない。こういう言い方をすると選手には申し訳ないんだけど、自分の思いを選手に託すしかないんです。日本代表に選ばれてなくても、彼は日本代表の力があるんじゃないかって評価されるGKを育てたい。それはこれからもずっとやっていきたいこと」

 

 まだ62歳。指導者引退ではないことを願いたい。シゲイズムは、GKが成長していくための大切な指針なのだから。

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