第62回 アウェー戦の収穫と課題

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 ブラジルW杯アジア3次予選、男子ロンドン五輪最終予選、そしてクライマックスを迎えたJリーグ。今月もサッカーの話題は豊富でした。中でも注目されたのは、ザックジャパンのアウェー2連戦でしょう。今回の2試合で、選手たちは環境面への対応力と精神面のタフさが鍛えられたのではないでしょうか。とてもいい経験をしたと思います。
 まず初戦のタジキスタン戦では、劣悪なピッチに目を疑いました。選手もファンも日本のサッカー環境が高水準であることを改めて実感したのはないでしょうか。結果は、4−0の圧勝。ピッチコンディションが悪いなかで、パスワークから相手を崩せたことは評価できるでしょう。世界ランクで格下と言われる相手に、どんな状況でも実際に勝利したことは、日本が確かな実力をつけてきた証です。

 守りについては、タジキスタンは徹底してロングボールを放り込む戦い方でしたね。このロングボールへの対策は、まず、できるだけゴールから離れるようにクリアするのが鉄則です。そして、そのボールが味方へのパスになるのが理想ですし、それが難しくても相手がいない方向にクリアすることが求められる。最悪の場合でもコーナーキックに逃げる。これらを対応する直前に消去法で判断します。タジキスタン戦では何度かフィニッシュに持ち込まれる場面があったものの、無失点に抑えましたし、及第点の対応をしていたと思います。今後の戦いでもロングボールを多用するチームとの対戦が考えられるだけに、いいシュミレーションになったのではないでしょうか。

 主力と控えの差

 続いて北朝鮮戦ですが、5万人の大ブーイングの中での戦いは、選手たちは精神的にもかなり疲弊したと思います。ピッチ外でも入国審査に約4時間かかり、日本のサポーターにも多くの制限が課されるなど、まさに“アウェー”であることを強く感じました。

 北朝鮮は、フィジカルを活かしたサッカーで日本に向かってきた。こういう時には、まずは落ち着いてボールを支配すること、かつ球離れを早くして、相手に体を寄せられないようにすること、この2点が有効です。ただ、これを実戦するにはしっかりと事前のミーティング等で選手全員が意識を共有しておく必要があります。日本はその部分で意思統一しきれてなかったのではないでしょうか。

 また、人工芝ということもプレーに影響したと感じます。人工芝では、ボールのスピードが速くなり、芝の下の地面が固いため天然芝よりも弾みます。人工芝に慣れていない日本の選手たちは、天然芝との感覚のズレに戸惑ったためにパスミスが多くなり、セカンドボールもなかなか拾えませんでした。

 加えて、この北朝鮮戦では、既に3次予選突破を決めていたこともあり、アルベルト・ザッケローニ監督は大幅に選手を入れ替えました。日本はこれまで吉田麻也(VVVフェンロ)、今野泰幸(FC東京)のCBコンビがほぼ固定されてきました。しかし、DFラインの選手は試合中にケガをすることが多いポジションでもあります。今野と吉田がケガをした際、誰が入っても同じぐらいのパフォーマンスができなければ、最終予選、さらにW杯を見据えた時には戦えません。

 今回は吉田に代わり、栗原勇蔵(横浜FM)が入りました。栗原には高さも足元のうまさもあります。しかし、吉田に比べると1対1の対応では差があります。ザッケローニ監督も対人の強さを栗原に追求してほしいと考えているのではないでしょうか。

 それは栗原だけでなく、この試合に出た他の控え選手たちも同様です。レギュラーとサブメンバーの技術的な部分に大きな差はありません。あるのは、自分の役割をどれだけ理解できているか。この差を埋めるには経験が必要になります。だから、ザッケローニ監督は消化試合となったこの試合で6人もの選手を入れ替えたのです。試せる期間は今しかありません。来年2月のウズベキスタン戦も消化試合となりますが、この時は試合間隔が空いていますから、確認の意味でまずベストメンバーでスタートするでしょう。そして、3枚の交代カードで選手を試し、試合途中から出て何ができるかを見極める。ザッケローニ監督はそういう戦い方をとると思います。

 「球離れを早く」の落とし穴

 ロンドン五輪を目指すU-22日本代表も2連戦を戦いました。結果は2勝し、最終予選3連勝を飾っています。このまま五輪出場へ向けて調子を維持してほしいところです。

 このチームの長所は、関塚隆監督の下、チーム全体で「球離れの早いサッカー」をテーマに意識統一がなされていることです。ワンタッチなりツータッチなりで相手が寄せてくる前にボールを動かし、相手の守備陣にギャップをつくろうとしている。A代表の「ゴールへ早く向かうサッカー」をU-22もコンセプトにしているように映ります。

 ただ、球離れを早くすることで生じるデメリットもあります。まず、少ないタッチでのパス回しはボールの出し手、受け手のポジショニングにズレが生じやすくなり、結果、パスミスとなる可能性が高まります。シリア戦を見ていて気になったのは、日本陣内、それもDFの最終ラインでワンタッチパスを回す場面が多かったことです。90分の中では後ろでボールを回し、縦パスを入れるタイミングを計ることも必要でしょう。ただ、その回数、時間が長すぎると、相手も前線からプレスをかけやすくなります。そして、プレッシャーに慌ててミスが起こり、相手にボールを渡してしまう。試合の中で、「ここはゆっくりとボールを回す」あるいは「一気に前線に入れてみる」などと、バリエーションを増やし、チーム全体で攻撃のリズムを変えられるようにしていくべきでしょうね。

 守備に関しては、組織立ててブロックをつくれている点は評価できます。これまでは3試合を見ていても、流れの中から崩された場面はあまりありません。これは、ファーストアプローチに誰が行くのか、誰がそのカバーに入るのかといった、守りの約束事がしっかり共有できているからでしょう。絶対的なディフェンスリーダーはまだ現れていませんが、厳しい予選を戦っていくことで、そういった選手が生まれることを楽しみにしています。

 もちろん、課題がないわけではありません。ロングボールから生まれるルーズボールの処置、そして、高い個人技を持った相手への対応です。シリア戦での失点は相手の10番にルーズボールをうまく拾われ、一気にドリブルで突破されました。つまり、対人の守備の改善が必要だと思います。ただ、これは明日になればできるものではありません。試合の中で力のある選手と対峙することで養われる部分が大きいでしょう。次のシリア戦は2月。この期間をうまく利用して、攻撃面では「ゴールに早く向かう」バリエーションの増加、守備面は対人対応のスキルを磨くことが求められています。

 浦和の「意地」が最大の難関

 12月3日(土)は、いよいよJリーグが最終節を迎えます。現在の首位は柏レイソル。この順位には少し驚いています。リーグ戦で優勝したことのない柏は経験不足から、どこかで失速する可能性があるとみていました。

 しかし、そんな予想を覆すほど今季の柏はチームとしての完成度が高くなっています。これは昨季、J2を優勝したメンバーから大きな変更がなかったことが大きいでしょう。1年間を同じ組織で過ごしてきたことで、たとえ主力選手の負傷離脱や出場停止で控え組が試合に出ても、お互いにその選手の特徴を理解しています。そこへジョルジ・ワグネルを筆頭に、補強もうまくはまりました。サイドバックが攻撃参加する際には、しっかりボランチがカバーに入っており、レアンドロ・ドミンゲスを中心にした攻撃も中央、サイドに偏った攻め方はしていません。

 選手層の厚さ、チーム全体での意識の共有、そして創造性あるオフェンス。柔軟な戦い方ができていることが、柏が一度も連敗をせずに、勝ち点を積み上げられた要因でしょう。

 注目の最終節は、柏が浦和レッズ、2位・名古屋グランパスはアルビレックス新潟、3位のガンバ大阪が清水エスパルスと、3チームともにアウェーでの戦いが待っています。自力優勝の可能性がない名古屋とG大阪は普段どおり戦えば勝利で終えるはず。問題なのは浦和と対戦する柏でしょう。今季の浦和は残留争いに身を置いているとはいえ、地力のあるチームです。現に、ナビスコ杯では決勝に進出しました。
 報道によると、3日の埼玉スタジアムでの試合は、5万人を超えるサポーターが集結する可能性が高いそうです。リーグ戦でふがいない結果だっただけに、今季最終戦、しかも満員のファンの前で、柏を優勝させるわけにはいかないでしょう。この浦和の「意地」が柏優勝の最大の障壁になると思いますね。

 優勝に絡めなかったチームも、シーズン最後の試合は絶対に勝利で終えたいものです。1年間の集大成として、3日の最終節は全国各地での熱戦を期待しましょう。


●大野俊三(おおの・しゅんぞう)<PROFILE>
 元プロサッカー選手。1965年3月29日生まれ、千葉県船橋市出身。1983年に市立習志野高校を卒業後、住友金属工業に入社。1992年鹿島アントラーズ設立とともにプロ契約を結び、屈強のディフェンダーとして初期のアントラーズ黄金時代を支えた。京都パープルサンガに移籍したのち96年末に現役引退。その後の2年間を同クラブの指導スタッフ、普及スタッフとして過ごす。現在、鹿島ハイツスポーツプラザ(http://kashima-hsp.com/)の総支配人としてソフト、ハード両面でのスポーツ拠点作りに励む傍ら、サッカー教室やTV解説等で多忙な日々を過ごしている。93年Jリーグベストイレブン、元日本代表。

*ZAGUEIRO(ザゲイロ)…ポルトガル語でディフェンダーの意。このコラムでは現役時代、センターバックとして最終ラインに強固な壁を作った大野氏が独自の視点でサッカー界の森羅万象について語ります。
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