日本シリーズが始まったと思ったら、何やらうっとうしいニュースに話題をさらわれたプロ野球界ですが、福岡ソフトバンクが日本一になったというのは、まぁ、妥当な結果というべきだろう。3位のチームの下剋上なんて事態は、どう見ても日本一とは違うことがらですから。
 ソフトバンクの強さの理由として、あのカブレラでさえ代打に回る打力、層の厚さが挙げられる。FAで獲得した内川聖一や細川亨をはじめ、やはり資金力を背景にした(読売巨人軍的な)要素は、もちろんある。

 その一方で、育成に成功しているという側面も見逃せない。その象徴的な選手として今や日本一の二塁手との評もある本多雄一がいる。
 本多は2005年大学生・社会人ドラフト5巡目、6年目。ご承知の通り、今年のパ・リーグの盗塁王である。
 中日とソフトバンクで争われた今季の日本シリーズだが、中日サイドから見て、例えば内川を完全に抑えこむのは難しいだろう。少々ヒットを打たれるのは覚悟しなくてはなるまい。とすると、ポイントは2番の本多をどう抑えるかではないか。そう予想していた。

 日本一に輝いたソフトバンクについて論じればいいようなものだが、生来、あまのじゃくな性格にできている。今季の日本シリーズで最も印象に残るのは、第6戦の1回裏、中日先発・吉見一起のピッチングである(常識的には、今回の最大のハイライトは無死満塁を抑えた第4戦の“森福允彦の11球”だろう)。
 吉見は今季の中日のエースだけれども、事前の予想では、本当にソフトバンク打線を抑えられるのか、という懸念もないではなかった。しかも2勝3敗と王手をかけられ、負けることの許されない第6戦である。普通の状態で投げろという方が難しい。

 で、立ち上がり。まず先頭の川崎宗則を三振。決め球はアウトローのフォーク(シンカー?)だった。ただ、川崎はこのシリーズに限れば、岩瀬仁紀のスライダーが打てないことは、この時点でほぼ明らかになっていた。いわば、肝心なときには止められる打者になっていた(あくまでもこのシリーズに限れば、ですが)。

 さて、2番・本多。インハイのストレート、スライダーでトントンと追い込み、カウント1ボール2ストライクから投げた4球目。インコース(インローと言うべきか)いっぱいいっぱいにストレート、見逃し三振! このコントロールが吉見です、というボールだった。
 続く3番・内川。これもしっかり1ボール2ストライクと追い込んでから、何を投げるかと思ったら、伝家の宝刀、フォーク。空振り三振!
 結局、三者三振の立ち上がりでチームを鼓舞してみせたのである。

 ここには、現在の日本野球の構図が象徴的に示されている。
 まず吉見は、例えばダルビッシュ有(北海道日本ハム)のように150キロを超すストレートがあるわけではない。ストレートの球速は、せいぜい138キロから140キロくらい。しかしながら、インコース、アウトコース、高め、低め、四隅を見事に突くだけの精密なコントロールがある。
 武器はフォーク。しかも、フォークの落ち方を自在に操っているように見える。シュート気味に落としたり、スライド気味に落としたり、まっすぐ落としたり。左打者に対して、体に当たるくらいの軌道で来て、手元でグイッとシュートして落ち、ストライク! なんてシーンも見かける。メジャーでいうバックドアというやつでしょうか。おお、日本のグレッグ・マダックスだ、と叫びたくなる。
 だから、吉見が18勝で最多勝に輝くのは、当然といえば当然である。コントロールとフォークの精度。いわば、日本野球の精華というべき投手なのである。

 では、ソフトバンクの野球とは何だろう。中日のような貧打でも、徹底して守りを固めるというのではない。パワーもスピードも兼ね備えた強さを求める野球である。本多もいればカブレラもいるのである。
 もう少し、妄想を広げてみる。例えば、WBCでキューバと対戦するとする。その時、吉見は通用するのだろうか。
 誤解しないでほしいが、吉見を否定する気は一切ない。ただ、キューバの打線は、どんなにコントロールがよくても、どこかで一発で仕留めてくる技術がある。相手にそのチャンスを与えない確率の高さという意味では、おそらくダルビッシュの方が安心して見ていられるだろう。

 要するに、秋山幸二監督のつくり上げるソフトバンクというチームの像を、キューバ的な力に重ねてみたいのである。
 とすると、吉見対ソフトバンクの打線の対決とは、日本野球的なるものに対して、パワーとスピードでそれを凌駕しようとする欲望が対峙しているという構図になっているのだ。
 日本野球が最終的にメジャーリーグに勝つためには、ソフトバンクの示した欲望を、球界全体に浸透させることが必要だろう。ただし、あのグレッグ・マダックスはメジャーで300勝以上した。つまり、吉見的なるものも、失ってはならない。むしろ、さらに進化させねばならない。

 ヘソ曲がりなので、ソフトバンクが日本一に輝いた翌日、東京中日スポーツを買ってみた。なんと、川崎の手記が掲載されていた。印象的な箇所がある。
「ここはプロ野球。……チームのためじゃなく自分のため……それでこそプロ野球。監督のため、チームのためなんて思ってる選手は、誰もいないと思う」(11月21日付)
 ご存知のように、あるいは容易に想像がつくように、中日ナインの中には、退任が決まった落合博満監督のために、という感情を抱えてプレーした選手もいたはずだ。中日球団に起きたことを考えれば、それもまた、自然なことである。

 川崎はそんなことは百も承知で、あえてこう言っているのだ。それは、従来の日本野球的なるもの、ここで述べた吉見的なるもの、あるいは落合監督的なるものに、パワーとスピードでうち勝ちたい、という意志のあらわれである。
 彼らが、シーズン中に示した実力通りに日本一になったというのは、その意味で、歓迎すべきことではあるまいか。

上田哲之(うえだてつゆき)プロフィール
1955年、広島に生まれる。5歳のとき、広島市民球場で見た興津立雄のバッティングフォームに感動して以来の野球ファン。石神井ベースボールクラブ会長兼投手。現在は書籍編集者。
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