第178回 花火の音と眠れない夜
花火の季節がやってきました。週末になると夜空に心地よい音が鳴り響きます。
ヒュー
ド~ン
パチパチ、シャー
ズドーン
ジジジ
トトトトト
花火は子どもの頃から大好きです。夏祭りの夜は母に作ってもらった浴衣を着て、河原まで出かけました。
しかし花火の音を聞くと(残念ながら、観る機会はこのところあまりありません)、「眠れない夜」を思い出すのです。
小学校2年になるとき、新潟県佐渡島から本土の魚沼市(旧小出町)に引っ越しました。今からは信じられないのですが、学校での健康診断で扁桃腺肥大と診断されていました。小食でよく風邪をひいて熱を出す子どもでした。何が言いたいかと言うと、痩せていました!
教科の中では体育が大好きでした。
たぶん身軽だったため、走るのは速かったです。佐渡島の荒波で育ったため、泳ぎもそこそこでした。
さて、昭和の時代をご存じの方は思い出してみてください。クラス対抗で行われる運動会や水泳大会のリレー。このリレーの選手はなぜか学級会で決まります。「〇〇さんがいいと思いま~す」と推薦され、多数決などを行う合議制です。選手選考法としては不合理です。転校したての私ですが、どちらも選手に選んでいただき、まあまあの活躍をしました。
冬を迎えます。佐渡島にはほとんど雪が降りません。一方、魚沼市は当時3メートルの積雪がありました。体育の授業にスキーがあります。もちろん、私にとって初めてのこと。そしてスキー大会はすぐにやってきました。

学級会の議題はスキー大会です。
「リレーの選手は誰がいいと思いますか」
「伊藤数子さんがいいと思いま~す」
推薦してくれるお友達がいて、選手に選ばれてしまいました。走りと泳ぎから、みんな誤解をしているからです。このときそれほどの不安はありませんでしたが、悲劇はすでに始まっていました。
スキー大会当日がやってきました。いよいよ私の番です。まだ、それほど不安も緊張もありませんでした。記憶にないだけかもしれません。
結果は悲惨でした。いわゆるアルペンスキーを履き、斜面を登ったり、歩いたり(上手い子はスケーティングで進みます)、滑り降りたり、曲がったりして、コースを回り次の子にバトンタッチします。
ところが、登れません。歩けません。スキー板が外れます(ビンディングが外れます)。それをはめ直します。外れる、はめ直す……。その繰り返しです。そして転びます。つらくてつらくて、一周がどんなに長く感じたことか。
この日、8歳の私は、生まれて初めて眠れない夜を迎えました。長い長い時間、周回コースを何度も思い出していました。眠れないってこういうことか、と少し大人になった感じもしました。
花火、夏、海、水泳、スキー。花火の音でこの連想が始まり「眠れない夜」にたどり着くのです。
苦くて懐かしい思い出です。
でも、その後、私の得意なスポーツはスキーになっていくのです。それまでの道のりも、結構面白いのです。
<伊藤数子(いとう・かずこ)プロフィール>
新潟県出身。パラスポーツサイト「挑戦者たち」編集長。NPO法人STAND代表理事。STANDでは国や地域、年齢、性別、障がい、職業の区別なく、誰もが皆明るく豊かに暮らす社会を実現するための「ユニバーサルコミュニケーション事業」を行なっている。その一環としてパラスポーツ事業を展開。2010年3月よりパラスポーツサイト「挑戦者たち」を開設。また、全国各地でパラスポーツ体験会を開催。2015年には「ボランティアアカデミー」を開講した。2024年、リーフラス株式会社社外取締役に就任。著書には『ようこそ! 障害者スポーツへ~パラリンピックを目指すアスリートたち~』(廣済堂出版)がある。