第177回 馬と馬、馬と人はお友達

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〽中央フリ~ウェイ~ 右に見える競馬場 左はビール工場(『中央フリーウェイ』松任谷由実)と思わず口ずさんでしまった私に、「けっこう皆さん、歌ってくださるんですよね!」と、笑いながらおっしゃるのは、ここ東京競馬場の広報の方です。

 

 ご縁をいただいて、日本中央競馬会が運営する東京競馬場のなかなか入れないお部屋に訪問する機会をいただきました。室内でお話をお聞きした後、いよいよ場内が一望できるスタンドへ。すると、先の歌詞がすぐに浮かんできたのです。広く美しいコースの向こうにフリーウェイと工場がまさに見えるのです。これだけで、大感激しました。

 

「パドックに参りましょう」

 特別な許可をいただいてグラウンドレベルまで降りました。撮影は禁止。「馬は繊細なんです。シャッター音で、気持ちが乱れることもあり、レースの妨害となりかねないんです」。音を立てず、じっと美しい姿に見とれていました。

 

 思い出したことがあります。パラスポーツの一つに馬術競技があります。以前観戦した際、競技を行うアリーナの外に、競技の様子をじっと見ている別の馬がいたのを見つけたのです。後にそれが「フレンドリーホース」だと知りました。

 

 パラ馬術とは<肢体不自由、視覚障がいを持つ人のために「馬場馬術」のルールを一部変更して行なうスポーツです>(一般社団法人障がい者乗馬協会のウェブサイトより)。

 障がいの程度に応じた5つのグレード(クラス分け)ごとに、演技の正確さや美しさを競う馬場馬術競技が行われます。

 

 先ほどのパドックでのお話のように、馬はとても繊細です。背中に障がいのある人を乗せた時、特殊な器具を使っていることや、例えば片足が動いていないこと、またバランスがとりにくそうな様子などを感じ取ります。すると、乗せている人のことを思い、緊張することがあるのです。馬の優しさが伝わるお話です。

 

 競技では、馬が騎乗選手の指示通りに動いているか、また馬の頭や尻尾の位置、脚の動きなどを見て採点されます。

「緊張がないと、筋肉の動きが滑らかでエレガント」、「まるで馬が自分の意思で動いているように見える」とも言われます。

 緊張してしまうと、採点にも影響が出ます。

 

 そこで、設けられたのが「フレンドリーホース」という制度です。コースの近くに別の馬がいて、競技を見守ります。この存在により、演技中の馬が落ち着くことができるのです。

 馬は集団行動の動物なので、傍らに仲間がいることでリラックスできるというもの。馬と馬、馬と人間。競技の中になんとも言えない暖かい関係が成立しています。

 

 一般社団法人日本障がい者乗馬協会事務局長の河野正寿さんのお話にもあります。

「挑戦者たち」二宮清純の視点 第175回

 

 見学を終え、部屋に戻り、“さあ、勝負!”と馬券を購入しました。

 結果、たくさんの券を持ち帰りました(写真・はずれ馬券だけ、手元に残りますので)。

 

 すっかりお世話になり、お部屋を後にする際、先ほどの東京競馬場の方に「フレンドリーホース」のお話をしました。「それは~、存じませんでした。私は馬が大好きなんです。お友達。う~ん、いいお話ですね」と、少し目を潤ませたように見えました。

 

 最後にもう一度場内を見下ろすスタンドに出ると、少し日が陰ってきました。

〽この道は まるで滑走路 夜空に続く 夜空に続く 夜空に続く

 

 

伊藤数子(いとう・かずこ)プロフィール>

新潟県出身。パラスポーツサイト「挑戦者たち」編集長。NPO法人STAND代表理事。STANDでは国や地域、年齢、性別、障がい、職業の区別なく、誰もが皆明るく豊かに暮らす社会を実現するための「ユニバーサルコミュニケーション事業」を行なっている。その一環としてパラスポーツ事業を展開。2010年3月よりパラスポーツサイト「挑戦者たち」を開設。また、全国各地でパラスポーツ体験会を開催。2015年には「ボランティアアカデミー」を開講した。2024年、リーフラス株式会社社外取締役に就任。著書には『ようこそ! 障害者スポーツへ~パラリンピックを目指すアスリートたち~』(廣済堂出版)がある。

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