松田直樹と吉田孝行。負けず嫌い同士のストーリー
8月4日は元日本代表センターバック、松田直樹の命日。2011年に急性心筋梗塞で天国に旅立ってから14年になる。
生きていれば48歳。きっとJリーグのどこかのクラブで指揮を執っているに違いない。彼がセカンドキャリアについて語っていたことを思い出す。
「指導者になるしかないとは思うんだけど、想像はつかない。俺自身、いろんな指導者と会ってきて、正直、好きな人も苦手な人もいたよ。でもいろんな指導者のいいところだけ取っていくといいかな、と。やるとしたら、選手の気持ちを分かってやれる監督、指導者になりたいかな。選手は指導者によって変わってくると思うから」
アトレチコ・マドリードを率いるディエゴ・シメオネのような熱血監督像を勝手に想像してしまうが、アンダー世代の育成のほうに興味を示していたかもしれないとも思う。無名だった中学時代から一気に才を伸ばした背景があるからだ。
松田と同世代の指揮官で、今最も結果を残している人と言えばヴィッセル神戸の吉田孝行だろう。Jリーグ2連覇中で、昨年は天皇杯と2冠を達成した。2007~09年の鹿島アントラーズ以来となる3連覇を目指す今季は、序盤こそもたつきながらもここに来て首位に浮上している。大迫勇也、武藤嘉紀という2大エースがケガで離脱するなか、前線は宮代大聖、佐々木大樹の2人が引っ張っている。それもこれも昨年から主力頼みのチームづくりではなく、全体を底上げしてきたその成果が出ている。
穴をつくらない連動した総力の守備とボールを回収すれば一気にゴールを目指す迫力の攻撃。90分間、高止まりした強度とハードワークの持続というヴィッセルのスタイルを築き上げ、磨きを掛けている。
吉田は松田とまったく同じ1977年3月14日生まれ。U-17日本代表時代から意気投合して無二の親友となり、横浜F・マリノスでは一緒にプレーした。プライベートでも行動をともにすることが多かった。
2年前にスポーツ誌で十三回忌を迎えた松田の記事を書く際、吉田に話を聞くことができた。アタッカーとセンターバック、現役時代に対戦した思い出を尋ねると大分トリニータ時代の2004年4月のことを語ってくれた。
「中盤からアタッキングサードに入る左のエリアでマツを抜き去ったら、よほど悔しかったのか後ろからタックルしてきたんですよ。間違いなくレッドカードだと思ったらイエロー。僕も頭にきて“お前、退場だろ!”って怒鳴りました。そこから結構遠めの直接FKを、人生で初めて決めたんです。ざまあみろって思いましたね(笑)。
元々プロになるヤツって負けず嫌いの集まり。そのなかでもマツは群を抜いていたんじゃないですかね」
負けず嫌いは吉田もまた同じ。その切磋琢磨お互いのレベルを引き上げていったことは言うまでもない。
松田がJリーグのクラブで指揮を執ったら、どんな監督になるか。その質問をぶつけるとこんな回答が返ってきた。
「まったく想像がつかないですね。でもやっぱり熱くなるとは思いますよ。勝つために何をしなきゃいけないかっていうのを彼は知っているんで、勝負において妥協しないんじゃないかなとは勝手に想像します」
吉田という指揮官は勝負に対してもさることながら、準備にも妥協を許さない人だ。たとえば対戦相手の分析、試合のフィードバックについてはミーティングで使用する映像をスタッフに指示してつくらせるのではなく、自分で一から編集することにこだわる。分析班からの報告を受けたうえで、ポイントを絞って選手に分かりやすく伝えるためだ。夜深くまでPCと“にらめっこ”するために寝不足の日が多いとも聞いた。多分、「松田監督」も親友であり、ライバルである吉田がそうやっていると知ったら、きっと負けず嫌いに火がついているはずだ。
吉田は現役のときも監督になってからも順風満帆のサッカー人生を歩んできたわけではない。苦しいときにふと夜空を見上げて、松田を思い出すことがあったという。松田も天国から“熱く”見守っているに違いない。
吉田孝行の心に、今も松田直樹はいる。負けず嫌いをぶつけ合う2人のストーリーはこれからも続く――。