第279回「津軽海峡を渡れ」(後編)

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 津軽海峡は、世界の海峡横断遠泳チャレンジの最高峰「オーシャンズセブン(Oceans Seven)」のひとつにも数えられる世界屈指の難関ルートである。直線距離でも約30km。さらに海流の激しさにより通常泳ぐのは40kmほどの距離になる。水温は真夏でも16〜19℃前後。

 さらに潮の流れが非常に速く複雑。渦のような潮流や横流れも多く、泳ぐ方向すらままならない。挑戦時間は平均して10時間以上にも及ぶ。刻々と変わる天候や海流を予測し、対応していくのが非常に難しい。制限時間は日の出から日の入りまで。

 

>>ここまでの様子は前編を!

 

 とにかくいろいろあったが、まずスタートできる喜びと、いよいよ始まる緊張感でメンバーの表情は引き締まっている。僕は若干の船酔い!?

 

 4:53、第1泳者のSteven Minaglia氏が、飛び込み、まずは権現崎の岩場に一度上陸。そこから泳ぎ出し正式にスタートとなる。まずはメンバー4人、30分交代で泳いでいくことに決め、進みだす。最初の2時間は少々波があったものの、徐々に収まってきた。僕も泳いだことにより、船酔いもスッキリ、気分も上がってきた。幸い水温もまだ21℃程度あったので、泳ぎ終わったら、すぐに暖かいウエアを着こみ、エネルギー補給をして、甲板の端で毛布にくるまり休む。10時間超の長丁場、そして北海道側に近づくほど海流の関係で水温が低いとされているので、体力も気持ちも余裕をもって進めていくことが重要。過去アドベンチャーレースの経験からも、食べること、休むことに集中し、なるたけ余計なことはしないというのが大切だ。チームメンバーもやることが徐々にルーティン化され、スムーズに進んでいるように思えた。

 

 しかし、すでにこのあたりから、ミスは始まっていた。

 

 4時間を過ぎたころ、現在地として距離的には半分程度だが、予定よりやや東にいた。津軽海峡は西から東にかなり厳しい流れになることが多く、かなり西から回り込まなければ東に流され辿り着くことができない。というのはベテランキャプテンである石井晴幸氏からも教えていただいており、船長とも打ち合わせしていたのだが……。この日の海流は3.1kt(時速5.74km)という速さで、潮流と合わせ時速6kmを超えている。つまり10分で1km流される速さ。どんなに優れたスイマーでもこれに逆らうことなどできない。我々は流されながら北海道に徐々に近づいていく手法をとり泳ぎ続ける。ちなみにこの時、僕が泳いだ距離は30分で5000m超! 競泳の世界記録が男子1500mで14分30秒67だから、それよりも断然速いペースということになり、海流の激しさを物語っている。

 

苦渋の決断

 ちなみに津軽海峡は、国際海峡となっており、沿岸国の許可なくどの国籍の船や潜水艦でも航行できる公海範囲がある。そこは水深も400m程度あり、海の色が本当に蒼い。ただ、この下にロシアの潜水艦などが通っていると思うとちょっと怖いような、不思議な感覚を覚えた。当然、このあたりは陸地など一切見えない大海原。そんな中を、海流と戦って泳いでいると、人間なんていかに小さな存在であるのか思い知らされる。

 

 スタートから8時間が経過、やはり東に流されおり、なかなか北海道との距離が近づかない。さらに、この後から水温も少しずつ下がりだし、18℃を下回り、メンバーへのダメージにつながっていく。泳いでいる時は我慢できるものの、上がってきたら震えが止まらず、リカバリーが効かなくなってくる。このままではリスクが高いし、さらに速い海流に対応するためにもローテンション時間を15分に変更し、ペースアップし泳ぎ続ける。

 

 10時間が過ぎたころ、北海道に近づくより、横に流されるスピードが速く、このままでは辿り着けないという危機感はさらに高まる。現在地、海流スピード、残り時間などを何度もシミュレーション。これではリミットの日没までに北海道に辿り着くことは困難と判断。11時間で、チームとして中断を決意せざるを得なかった。

 

 僕は最後の泳者となった。誰にタッチをするわけでもなく、陸地に辿り着くこともできず、船に上がることとなった。挑戦が終わってしまったことを、カラダで受け入れさせられた瞬間で、喪失感と悔しさが溢れてきた。でも、もうこの冷たい海で泳がなくていい、とホッとした気持ちがなかったわけでもない。

 

 中泊に戻る船の中で、メンバーは死んだように眠り、目を覚まして行程を振り返る。

 東に向かう海流が速いこと、だからこそ前半はしっかり西に向けてルート取りすることを確認していたのだが……。監督やメンバーすべてが泳ぐことに集中しすぎ、船長さんとコミュニケーションや認識のずれがあった。海流スピードが想定より速い中、もっと早めに調整をしていくべきで、結果的にチームは65kmを泳いだにもかかわらず、北海道に近寄れず、津軽海峡の洗礼を浴びることになった。

 

 ちなみにこの翌日の海流は1.1kt(時速2km)、風もなく最高のコンディションだった。

 この海峡横断は、天候などの運、海流を見ながらのルート取りがいかに大切であるか……。自然には抗っても勝てるはずもなく、自然への挑戦の難しさ、面白さを体験させてくれた。

 

 津軽海峡横断は果たせなかった。しかし多くのことを学び、多くの方とつながることができた。「津軽海峡交流フェスタ」の一環としてチャレンジさせていただいたことに感謝するとともに、この経験を多くの方に伝え、海の素晴らしさ、津軽海峡の壮大さを広めていくという役目を僕は果たしていきたい。そして、その先にリベンジのチャンスがあるのかも!?

 辛い経験はすぐに忘れ、素晴らしい記憶だけにしてしまう癖がすでに出ているようだ。

 

 ご支援いただいた皆様、ご協力いただいた皆様にあらためて感謝を申し上げます。

 

我々が泳いだ軌道、延長65km…

 

 

 

白戸太朗(しらと・たろう)プロフィール>

 スポーツナビゲーター&プロトライアスリート。日本人として最初にトライアスロンワールドカップを転戦し、その後はアイアンマン(ロングディスタンス)へ転向、息の長い活動を続ける。近年はアドベンチャーレースへも積極的に参加、世界中を転戦していた。スカイパーフェクTV(J Sports)のレギュラーキャスターをつとめるなど、スポーツを多角的に説くナビゲータとして活躍中。08年11月、トライアスロンを国内に普及、発展させていくための会社「株式会社アスロニア」を設立、代表取締役を務める。17~25年まで東京都議会議員を務めた。著書に『仕事ができる人はなぜトライアスロンに挑むのか!?』(マガジンハウス)、石田淳氏との共著『挫けない力 逆境に負けないセルフマネジメント術』(清流出版)。最新刊は『大切なのは「動く勇気」 トライアスロンから学ぶ快適人生術』 (TWJ books)

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