第280回「東京は世界の何を残せるのか」
まばゆい光に包まれて、その光にも負けない選手たちが輝いていた。
それに熱い声援を送る国立競技場の観客席を埋め尽くす人たち。
世界陸上東京2025は、まさに人のエネルギーが渦巻く場所となっていた。
しかし、ここに来るにはいくつもの大きなハードルがあり、それを多くの方の努力で乗り越えてきた。そして開催後もそのハードルは続く……。
2022年7月、東京都に嬉しいニュースが入ってきた。3年後の世界陸上競技選手権大会の開催が決定、日本では2007年の大阪大会、東京では1991年以来、34年ぶりの開催である。
1983年のヘルシンキ大会から始まった世界陸上は、今や49種目、参加選手は2000人を超える大所帯。開催するには、それなりの都市体力が必要とされ、今回も予算規模174億円をかけて9日間、国立競技場を中心に開催されている。
当初の東京都の支出規模は60億円、スポンサー協賛30億円、チケット収入30億円と見込まれていた。それでも、都として東京五輪でできなかった、観客を入れての世界規模の大会開催という千載一遇のチャンス。もちろん多くの人に夢や希望を届け、都市プレゼンス向上、都民、国民のスポーツ意識向上なども計算に入れた思い入れの深い開催だった。
そこに暗雲を立ち込ませたのは、東京オリパラでの汚職、談合問題。世界的なスポーツ大会開催のネガティブなイメージはもちろん、主催者としてどのように公正な運営を行うのかが大きなテーマとなった。そこで今回は運営の要となる財団に、広告代理店からの出向者を省き、自前でスポンサー集めをすることになった。私もこの案を聞いた時には、数億円規模ならともかく、これだけ大きな金額を代理店の関与なしに進めることができるのか。かなり不安を覚え、その対応を議会で質疑したのは記憶に新しい。それでも、この後11月に開催されるデフリンピックと共に、自前営業を貫き通した。
結果、協賛予算額を10億円上回る40億円を集め、チケット収入も好調で、収支はまとまりそうな様子である。まあ盛り上がりはTVのおかげもあるし、やはり皆も五輪の無念さがあったのか、競技場は連日混み合っている。ともあれこの営業成績は立派で、これは素直に財団、東京都を褒めるべきところではないだろうか。
構築すべき蓄積システム
しかし課題はもう一つ。今回頑張ったノウハウが、しっかり東京都に蓄積できるのかというところ。オリパラでは、書類こそあっても、実際にその運営経験者が散ってしまい、さらに組織委員会に出向していた都職員もスポーツを離れ、生かし切れていない現状があった。役所にありがちな3年に1回は部署転換というシステムにより、スペシャリストが育たないのである。
つまり東京は何度国際大会を開催しても、行政の中にはスペシャリストがいないという状況になってしまう。実はこの課題に関しても、昨年から私や仲間の都議は「都にノウハウを蓄積できるシステムを構築すべき」と求めていた。まさにその成果をこれから発揮するべき時に来ていると言えるだろう。
また、今回も五輪の際と同じく暑さに苦しめられた。あの時にマラソンと競歩が札幌に行ってしまったことは、最後まで反対した立場として納得はしていないし、政治的な影響に翻弄されたと思っている。札幌五輪招致もなくなった今回は、そんな杞憂もなく東京で開催されたが、やはり暑さで開催時期の再考を迫られていると感じる。ナイトセッションで多少は、緩和された競技場観客席の暑さも、正直なかなか厳しかった。選手はなおさらのことだろう。気候変動への適応は重要な課題で、今後議論されていくはずだ。
懸命に努力と研鑽を重ね、ハイレベルな競技を見せてくれる選手たち。
それを見て熱狂的に応援する人々。
人は作りモノではなく、やはり本物にこそ反応し、そこに熱が生まれる。こんな素晴らしい機会を東京に得られたことは幸せだし、少しでも多くの人に感じてもらいたい。
さらにその熱の記憶だけでなく、開催ノウハウもこの街に残っていってくれることを大いに期待し、残り数日も盛り上がりたい。
<白戸太朗(しらと・たろう)プロフィール>
スポーツナビゲーター&プロトライアスリート。日本人として最初にトライアスロンワールドカップを転戦し、その後はアイアンマン(ロングディスタンス)へ転向、息の長い活動を続ける。近年はアドベンチャーレースへも積極的に参加、世界中を転戦していた。スカイパーフェクTV(J Sports)のレギュラーキャスターをつとめるなど、スポーツを多角的に説くナビゲータとして活躍中。08年11月、トライアスロンを国内に普及、発展させていくための会社「株式会社アスロニア」を設立、代表取締役を務める。17~25年まで東京都議会議員を務めた。著書に『仕事ができる人はなぜトライアスロンに挑むのか!?』(マガジンハウス)、石田淳氏との共著『挫けない力 逆境に負けないセルフマネジメント術』(清流出版)。最新刊は『大切なのは「動く勇気」 トライアスロンから学ぶ快適人生術』 (TWJ books)。