羽生結弦のメンテナンス期間は、新たな高みへの滑走路
プロフィギュアスケーターの羽生結弦が、8月15日にXでメッセージを発信した。
1文目には今シーズンについてのお知らせと書いてあった。
<より進化するためメンテナンス期間を設けることにしました>(羽生結弦official_Staff 公式@YUZURUofficial_ 2025年8月15日午後6:00配信)。
期間は来年の春頃までという。
<たくさん勉強し、肉体改造もして、更に頑張っていきますので、期待して待っていてください>(同前)。
競技者時代はもちろん、特にプロ転向後、羽生はおびただしい量のアウトプットをし続けてきた。その成果として、アイスストーリーという新たな芸術を確立した。
アーティストやクリエイターが、アウトプットをするにはインプットがカギを握るのは言うまでもない。ならば、充電期間も必要だ。それは、何の目的もない休みとは違う。羽生は、新たな作品を創るための種として哲学、思想、発想といったものを再度、ブラッシュアップさせたかったのかもしれない。
感性は読書、音楽、芸術に触れたり、人との出会いで刺激される。アニメやゲームなどからも創作のヒントを得る羽生の今後が楽しみだ。
また、羽生はメッセージ内で<シーズン>という単語を使っている。時間の流れを、アスリートとして捉えている何よりの証だ。
アスリートにとって、今回の決断は非常に勇気のいるものだったはずだ。誰しもが“脂の乗っている時期を逃してたまるか”と時間の経過と戦っている。これは、どの分野のアスリートも同じだ。
アイスストーリーを創るためには、構想を練り、選曲し、新たなプログラムに合わせて振付をしなければならない。衣装や映像を作るための打ち合わせもある。それらの知的活動に膨大な時間を要するのは、想像に難くない。
ハードな氷上練習で心肺機能の維持はできていたかもしれない。筋力維持のため身体に刺激を入れるトレーニングはギリギリ取り組めていたかもしれない。
しかし、新たな高みを目指すため、より負荷の強いフィジカルトレーニングに着手するのは、難しくなってきたのではないかと察する。羽生が今回のメッセージに<肉体改造>と記したあたりから、私はそう読み取った。
強度の高いトレーニングで筋繊維を意図的に破壊する。そして栄養と休養によって壊れた筋繊維を修復する。その繰り返しで筋力はアップする。本番を控えると、なかなかその活動には踏み込みにくいだろう。なぜなら、自らコンディションを崩しに行く作業とほぼイコールだからだ。
競技者時代より筋力がつけばつくほど、“もっと高負荷のトレーニングに着手したい”“もっとパワーアップすればジャンプの確実性や表現の幅が広がるかも”と思い、そのジレンマに悩まされる。
個人差はあるが、筋力維持と筋力アップのトレーニングでは、体にかかる負担は段違いだ。そのトレーニングを、上に記した知的活動と同時進行させようとすれば、時間が足りないのは明らかだ。アイスストーリー本番との同時進行は、リスクが大きい。
まだ癒え切っていない故障を抱えている可能性もある。体をメンテナンスした後、<肉体改造>に着手するあたりに羽生の向上心がうかがえる。
不確かな未来を、少しでも確かなものに近付けるために、いまを懸命にもがく。少し先の未来で、頭に描いた青写真を手にするため、いまは投資の時なのだ。
今回の決断は、新たな高みを目指して跳び、舞いおりるためのもの、とも思える。この期間は、テイクオフとランディングのための滑走路なのかもしれない。
(文/大木雄貴)