レンジャーズに入団したダルビッシュ有の昨季の成績は18勝6敗。単純計算だが、ダルビッシュが抜けたことで北海道日本ハムは12の貯金が失われたことになる。
 新監督の栗山英樹は「ダルビッシュの穴を埋めようとはしない。今いるメンバーでどれだけ勝ち星をとれるか」と語っていた。
 大黒柱の抜けた穴は全員でカバーするしかあるまい。投手陣のレベルアップはもちろんだが、打撃面からのバックアップも求められる。

 そこで期待されるのが、この8月で40歳になる稲葉篤紀のリーダーシップだ。昨年まで3年連続でキャプテンを務めていた。栗山はヤクルトの先輩にあたるだけに、新監督を支えようとの思いは、誰よりも強いに違いない。
「北海道に来て、もう7年。これまでは背中で引っ張ってきましたが、そろそろ若い選手に野球を伝えていきたい」
 昨年末に会った際にはそう語っていた。

 稲葉は晩成型の選手である。それはプロ17年間の打撃成績を見れば明らかだ。ヤクルトでは10年間で972安打。それに対し、日本ハムでは7年の在籍でヤクルト時代を上回る994安打を放っている。
 打率3割以上(規定打席以上)もヤクルト時代は2回であるのに対し、日本ハムに移籍してからは既に4回。余程、北海道の水が稲葉には合ったようだ。

 昨季は“飛ばないボール”に戸惑ったが、それでも12本塁打と、面目を保った。
「いくら“飛ばないボール”とはいっても、それに対応するのが一流選手。今季はどの選手も昨季みたいなことはないと思いますよ。打ち方ひとつとっても改良を加えてくると思います」

 そういえば、あるアマチュアの指導者がこんなことを語っていた。
「左バッターには“稲葉のフォームを手本にしろ”と言います。イチローのフォームは難し過ぎて、真似しろと言ってもできない。しかし稲葉のフォームなら真似ることができる。シンプル・イズ・ベスト。そう呼びたくなるフォームです」

 確かに稲葉のフォームには無駄がない。バットをみだりに動かさず、トップの位置を最初から後方に固定する。ボールを最短距離でとらえるには最適の打法だ。
「弓矢で言えばピッチャーの始動に合わせて弓を引くのではなく、最初から弓を引いた状態でピッチャーの投球を待つんです」
 年をとれば、どうしても反応が鈍り、筋力も落ちる。それをカバーするには極力、無駄を削ぎ落とすしかない。工夫を重ねるうちにたどりついたのが今のフォームというわけだ。

 2000本安打まで、あと34本。順調に行けば5月には達成の見通しだ。
「プロに入った時は、この世界で10年もやれればいいなと思っていたんですけど……」
 本音がポロリと漏れた。

 幸いなことに、肉体面での限界はまだ感じていない。本人によれば、「スピードが少し落ちた程度」で、それも2000本への足かせにはならないだろう。3割20本塁打を打つ力は、まだ十分残されている。

<この原稿は2012年2月19日号『サンデー毎日』に掲載されたものです>

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