「やっぱりセ・リーグは巨人で決まりでしょうね」
 キャンプ地で顔を合わせた評論家に今季の順位を予想してもらうと、皆、異口同音にそう答えた。
 ただし苦笑を浮かべて、こう続けることも忘れなかった。
「そりゃ、あれだけ補強すれば勝てるでしょう」

 シーズンオフ、巨人は久々に大型補強を敢行した。福岡ソフトバンクから獲得した通算103勝左腕の杉内俊哉と昨季の最多勝D.J.ホールトンはローテーション入りが確実視されている。
 野手ではサンフランシスコ・ジャイアンツでプレーしたジョン・ボウカーの評判がいい。FA権を行使して横浜から移籍した村田修一はクリーンアップの一角を担うことになるだろう。

 こうした大型補強の背景には、昨年オフ、渡邉恒雄球団会長を痛烈に批判して球団代表兼GMを解任された清武英利氏への意趣返しの意味合いもあると思われる。
 清武氏は、いわゆる大鑑巨砲主義に批判的で、GM時代、育成路線を推進してきた。
 しかし、2年続けてリーグ優勝を逃したことで渡邉会長がコーチ人事に介入、それが原因で「清武の乱」に発展したのは周知のとおりだ。
 監督の原辰徳は、昨年オフ、巨人と新たに2年契約を結んだが、3年連続V逸となれば、任期途中であっても責任をとらされる可能性が高い。
 そうした事情を踏まえて考えると、今季はなりふり構わず勝ちにくるだろう。

 そんな折、作家・山口瞳さん(故人)の『昭和プロ野球徹底観戦記』(河出書房新社)を読んだ。
 山口瞳さんと言えば、大のプロ野球ファンとして知られ、野球に関する酒脱なエッセーや辛辣な批評を数多く残している。
 先の著作の中に「巨人軍を叱る」という一項があり、これが大変興味深かった。一部を抜粋してみよう。

<巨人軍とは何だろう。それは、日本のプロ野球の半分ぐらいを背負って立つものである。まずそういう認識をもたないといけない。巨人軍の強いときのペナント・レースは面白いのである。
 たとえ、独走しても、巨人ファンはもとより、アンチ巨人の連中だって喜んでいるはずである。興行的にもよろしいわけだ。技術的にいっても、巨人が強大であれば、野球術が進歩するはずである。つまり、相撲でいえば横綱である。
 さて、問題は、巨人軍の強さの内容でなければならぬ。巨人軍はどういうぐあいに強くないといけないか。
 金はつかってもいいと思う。儲かっているのだから。その金をうまくつかってほしい。将来性のある、ノビノビした選手に投資して、スケールの大きいチームをつくってほしいと思う。
 選手の起用、ゲームの進め方に、王者の風格を示して欲しい。そうであるならば、負けても納得がゆくのである。
 模範となるチームであるから、マナーに充分注意してほしい。嫌な言葉だが、エレガントであって、しかも強いというふうであってほしい。ヤンキースのように。
 以上のことを全て満足させたものが「巨人軍」である。>

 このコラムは今から47年も前に書かれたものだ。巨人中心史観と言えなくもないが、概ね当時のプロ野球ファンの本音を代弁したものだったろう。
 だが、このコラムから半世紀近くたった今、<技術的にいっても、巨人が強大であれば、野球術が進歩するはずである>などと本気で思っている者は極めて少数のはずだ。
 たとえばV9時代の巨人は「ドジャースの戦法」に裏打ちされたいわゆるスモールベースボールをこの国に導入するなど、先駆的な役割をいろいろな面で果たした。しかし近年、巨人発のイノベーションは、いくら頭をひねっても思い出せない。
 巨人の野球が劣化したというより、他球団が追い付き、巨人との差異が見つけられなくなったというべきだろう。

 それでも巨人ファンが「王者の風格を示してほしい」と願うのは、わからないでもない。ここが骨抜きにされると巨人のレゾンデートルそのものが崩壊しかねない。
 なにしろ巨人軍を創設した正力松太郎の遺訓は「巨人軍は常に強くあれ」「巨人軍は常に紳士たれ」「巨人軍はアメリカ野球に追いつけ、そして追い越せ」なのだ。時代遅れと言われようがこの遺訓は死守してもらいたい。それでこそ「球界の盟主」ではないか。
 山口瞳さんも、草葉の陰で、きっとそう願っていることだろう。

<この原稿は2012年3月2日号『週刊漫画ゴラク』に掲載されたものです>

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