第180回 次の20年へ
この10月、おかげさまでSTANDは21期を迎えます。
2003年、大阪舞洲で行われた、電動車いすサッカー全国大会の携帯電話を使ったウェブ生中継をきっかけに、パラスポーツの世界にすっかり埋まってしまいました。適切な表現ではないかもしれませんが、「埋まった」が、偽らざる思いです。夢中にさせてもらったことは、もちろん、私にとって本当に幸運なことでした。
中継の現場で「おまえら、障害者をさらしものにしてどうするつもりだ」とのご批判が、私の中で大きな違和感となりました。障害のある人がスポーツをすることが社会一般に知られていないことに触れるたびに、さらに大きな違和感へとごろごろ転がっていきました。雪玉が転がって大きくなる感じです。
知ってもらうための手段として、様々な競技の中継をたくさんやりました。実に20競技です。卓球は球が小さくて、当時のガラケーでは成り立たなかったのは残念でした。とても多くの賛同者、協力者が引っ張ったり押したりして支えてくださり、もっともっと、と私は前のめりに没頭しました。
何を隠そう、それまで(現在も)の私は会社を経営していました。28歳で起業したのでした。当時の私は「こんなに社会に価値を提供できる障害者スポーツの事業はビジネスとして成り立つ」と確信していました。
中継のウェブサイトに広告を集めるため、1000社へのアタックを試みました。3社(千三つ!)が応じてくださいました。当然、まったく足りません。毎年毎年赤字が続き、泣きながら「これからだ」と信じて続けました。
「障害者をネタに商売でもする気か」
この言葉も、いつも言われました。もちろん、私の中では「はい」に近い。「商売」を、「ビジネス」「事業」という言葉に置き換えてもみるのですが、そう答えることが得策と思えず、窮しました。
といった、創業のころを久しぶりに思い出しました。
20年で変わったことはあまりに多く、隔世の感があります。障害のある人がスポーツをすることは自然なこと、という世の中になりました。創業当時には想像もできなかったことです。
こういう変化に接することができ、光栄に思っています。そして、すべての方々に感謝の思いがあふれてきます。
「20年になりました」と、創業時からずっと支えてくださる方にご報告しました。
すると、「次の20年の始まりですな~!」という返事をいただいたのです。
思ってもみなかった一言に、一瞬にして次の目標が持てました。途端にまた自分が前のめりになるのを感じています。よし、20年だ!
<伊藤数子(いとう・かずこ)プロフィール>
新潟県出身。パラスポーツサイト「挑戦者たち」編集長。NPO法人STAND代表理事。STANDでは国や地域、年齢、性別、障がい、職業の区別なく、誰もが皆明るく豊かに暮らす社会を実現するための「ユニバーサルコミュニケーション事業」を行なっている。その一環としてパラスポーツ事業を展開。2010年3月よりパラスポーツサイト「挑戦者たち」を開設。また、全国各地でパラスポーツ体験会を開催。2015年には「ボランティアアカデミー」を開講した。2024年、リーフラス株式会社社外取締役に就任。著書には『ようこそ! 障害者スポーツへ~パラリンピックを目指すアスリートたち~』(廣済堂出版)がある。