チームの開幕までは残りわずか。キャンプ、オープン戦を通じて開幕に向けた準備は着々と進んでいます。先発ローテーションはエース高尾健太が出遅れていますが、実績のある酒井大介大場浩史が順調です。この2人が当面は投手陣を引っ張ることになるでしょう。
 高尾が開幕に間に合わなかった点は誤算ですが、同じ誤算でもうれしいものもあります。それがルーキー左腕・中野耐(天王寺高)です。彼はまだ高卒のため、前回のコラムでは「体づくりからじっくり育てたい」と書きました。
 
 しかし、実戦で投げさせると制球力がよく、いいボールをコンスタントで投げられます。スピードも140キロ台が出ていますし、試合で使いながら育成したいと思うようになってきました。彼の長所は飲みこみの早さ。もともと持っていた緩いスライダーに加え、速いスライダーを教えたところ、あっという間にモノにしつつあります。

 彼は走らせても足が速く、身体能力が非常に高い選手です。現状は突っ立って投げるようなスタイルですから、もっと沈みこんで下半身を使えれば150キロの速球も夢ではないでしょう。最初は中継ぎで起用しながら、いずれは先発も試してみたい逸材です。

 また同じく新人左腕の後藤真人(天理高−佛教大−アークバリアドリームクラブ)も中継ぎでおもしろい存在になると見ています。彼には香川に来てから腕の位置を下げ、トルネード気味に放るようにアドバイスしました。目指すは福岡ソフトバンクの森福允彦。実際のシート打撃でも左打者がかなり嫌がっていましたから、コントロールを磨けば活躍できるのではないでしょうか。

 ここに5年目の西村拓也が加わり、うまくいけば香川は左腕王国になる可能性が出てきました。西村にしても、現時点でMAXの140キロ台のボールが投げられるようになっています。球のキレは既に社会人のエースクラスです。気温が上がれば、さらにスピードが上がるでしょう。より細かい制球力が身につけば、ドラフト指名の可能性は十分出てきます。

 特に左ピッチャーの場合、何かひとつセールスポイントを持てばNPBの一軍でプレーできます。たとえばヤクルト時代の先輩、石川雅規さんの武器はコントロール。開幕の巨人戦(3月30日)のピッチングは本当に素晴らしかったですね。制球が良ければ、どんなバッターもなかなか打てないというお手本のような内容でした。

 石川さんはブルペンでの投球練習をとても大切にしていました。1球1球、狙いを定め、少しでも外れると悔しがる。そして「今のは腕が下がっていた」と、自分を客観視できていました。このこだわりと分析力が、あの小さな体で100勝以上できる要因だと思っています。

 冨田康祐(横浜DeNA)が抜けたクローザーは現状では“助っ人”に頼ることになるでしょう。第1候補は広島から派遣される山野恭介(明豊高)。彼は先日、広島2軍との交流戦で登板し、いいストレートとスライダーを持っていました。抑えとして適性があると感じています。第2候補は米独立リーグからやってくるアレックス・マエストリ(イタリア)です。まだ映像で見ただけとはいえ、外国人らしいスピードボールを投げます。日本の野球に早く慣れれば、最後を任せることも出てくるでしょう。

 春からのトレーニングで各選手はおおむね順調に伸びています。ただ、実際に公式戦が始まると、結果を気にするあまり、思うように投げられないものです。僕もヤクルト1年目にオープン戦で好投し、開幕1軍に抜擢されましたが、初登板は緊張で腕が振れなかったことを覚えています。当然、結果は出ず、2軍に落とされました。

 だから若い選手たちには開幕してからも「思い切って投げてほしい」と伝えるつもりです。とにかく腕を振って投げれば、結果は後からついてきます。成績を残せば、それが自信となり、落ち着いて投げられるようになるものです。そして、6月くらいにワンランクアップしてくれれば、と願っています。

 僕はピッチャーにとって一番いい季節は5〜6月だと思っています。暑すぎず、湿気もあり、ボールが吸いつく感じで投げやすくなるからです。しかも、開幕して約2カ月が経ち、打者との間合いや感覚もつかめてきます。個人差があるとはいえ、この時期が一番、いいピッチングができる可能性が高いのではないでしょうか。ここで爆発的に成長を遂げ、夏場に突入すれば、チームの大きな戦力となりますし、スカウトの目にも留まります。

 もちろん開幕から勝利を目指しますが、それは監督や僕が考えること。選手たちは目先にとらわれず、6月に飛躍する姿をイメージしながら、今取り組むべき課題をひとつひとつクリアしてほしいと感じています。


伊藤秀範(いとう・ひでのり)プロフィール>:香川オリーブガイナーズコーチ
 1982年8月22日、神奈川県出身。駒場学園高、ホンダを経て、05年、初年度のアイランドリーグ・香川に入団。140キロ台のストレートにスライダーなどの多彩な変化球を交えた投球を武器に、同年、12勝をマークして最多勝に輝く。翌年も11勝をあげてリーグを代表する右腕として活躍し、06年の育成ドラフトで東京ヤクルトから指名を受ける。ルーキーイヤーの07年には開幕前に支配下登録されると開幕1軍入りも果たした。08年限りで退団し、翌年はBCリーグの新潟アルビレックスBCで12勝をマーク。10年からは香川に復帰し、11年後期より、現役を引退して投手コーチに就任した。NPBでの通算成績は5試合、0勝1敗、防御率12.86。
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