第281回「人が幸せを感じる瞬間とは? ~IRONMAN World Championship~」
時計は21時を回り、スタートから14時間が経過しようとしている。
朝の7時前後から動き続けて、フィニッシュ地点に続々と帰ってくる選手たち。
今回は女子の世界選手権なので女性ばかりなのだが、20~80歳まで実に幅広い選手が万感の思いでフィニッシュゲートに入ってくる。
それぞれ、長く、苦しく、楽しい時間を超えて走り終えた表情は、まぶしく輝いていた。

(写真:朝焼けの中でのスタート)
ハワイ島コナの街で開催されるIRONMAN World Championship.
トライアスロンの世界でも、誰もが憧れるIRONMANシリーズの頂点を決める大会。世界で開催されているIRONMANシリーズで、出場資格を取ったものだけがスタートラインに立つことを許される特別な舞台だ。
近年は、観客や関係者を含めると1万人以上がここに集っていたので、街への負荷も大きく、フランスのニースとの分散開催となり、年ごとに男女の開催が入れ替わっている。なので、今年の男子はニース、女子はコナでの開催となったわけだ。
トライアスロンというスポーツの愛好者人口は、やはり男子が圧倒的に多い。おおよそ7割が男子、3割が女子という比率。日本国内の大会では女子の参加者は1割程度。まだまだ女性にはハードルが高いというイメージは否めない。
そのような中で、1000人を超えるような大規模な大会を女子だけで開催するとは、日本では考えられないし、興行として成立するのか疑問視する向きもあった。
私自身、この大会には20回以上選手として参加してきたし、関係者として何度か視察もしてきたが、今回、初めて女子だけの世界選手権を見ることになった。確かに参加人数は男子の時より1000人程度少ないし、スポンサーや出展社などのビジネススケールは少々シュリンクしていると思われる。いつものような街中での人混みもそうでもなかったし、むしろ観戦しやすかったと言える。
コナに漂う前向きなオーラ
しかし、ここで走る選手たちの放つエネルギー、輝きは素晴らしいものがあった。中でも50歳を超える選手たちのカッコいいこと。通常生活の中では、男女ともに50を超えると人生後半に差し掛かっている感が拭えず、服装などで外見を装ってもその雰囲気は相応になっていくものだ。ところがここで走る女性たちは、カラダのラインがはっきりと分かるユニフォームを着ていても、堂々と走り、自身の限界に挑んでいる。その姿からは、加齢とは老け込むことではなく、人生の輝きを重ねていくことであると教えてくれているよう。その表情、その背中で自らの存在を主張し、生きている喜びを体現している。
人間は年齢ではなく、どう生きているかが大切なのだということを教えてくれているようだ。
大会の最高潮は23時過ぎ。
80歳のナタリー・グラボーさんが16時間45分でフィニッシュした瞬間だ。

(写真:ナタリー・グラボーさんのフィニッシュ)
その容姿は少々年齢を重ねた元気な女性という感じで、とても80歳には見えない。フィニッシュ直前で躓いたが、堂々としたフィニッシュの姿は観衆を熱狂させた。彼女のトレーニングにおける向上心は、80歳でもとどまることなく貪欲だという。
「Nobody remembers your time — they remember how you showed up.」(誰もあなたタイムなど覚えてはいない。皆が覚えているのはあなたがどう臨んだかだ)
というのは彼女の言葉だが、まさにそんな姿勢を示してくれた。
彼女だけではない、この日フィニッシュした選手一人ひとりがそんな姿を見せてくれた。また、観戦者もそれを理解し、自らも体現している方が多いので、この街に漂う前向きなオーラが刺激的。スポーツに取り組むこと、健康であることが人生の幸せを高めるのにどれほど重要なのか。そして、その価値をシェアできる喜びを感じる時間だった。
人が幸せを感じるというのはどういうことなのか。
トライアスロンはそんなことを感じ、考えさせてくれる。
IRONMAN world Championshipとは出場する選手にとっても凄い舞台であるが、見る人にとっても刺激的で考えさせられる存在でもある。
トライアスロンをやっているならもちろん、そうでない方にもお勧めいたします。
ちなみに来年の10月は久しぶりの男女同時開催。
行けない言いわけを探すより、行く決意をする方が人生は楽しい!?
<白戸太朗(しらと・たろう)プロフィール>
スポーツナビゲーター&プロトライアスリート。日本人として最初にトライアスロンワールドカップを転戦し、その後はアイアンマン(ロングディスタンス)へ転向、息の長い活動を続ける。近年はアドベンチャーレースへも積極的に参加、世界中を転戦していた。スカイパーフェクTV(J Sports)のレギュラーキャスターをつとめるなど、スポーツを多角的に説くナビゲータとして活躍中。08年11月、トライアスロンを国内に普及、発展させていくための会社「株式会社アスロニア」を設立、代表取締役を務める。17~25年まで東京都議会議員を務めた。著書に『仕事ができる人はなぜトライアスロンに挑むのか!?』(マガジンハウス)、石田淳氏との共著『挫けない力 逆境に負けないセルフマネジメント術』(清流出版)。最新刊は『大切なのは「動く勇気」 トライアスロンから学ぶ快適人生術』 (TWJ books)。