ひとつのミスも許されないパーフェクトゲームほどではないが、ノーヒット・ノーランがかかっているゲームも守っている野手は最終回に近付けば近付くほど、神経をすり減らす。
 仮に内野手が球足の速い打球の処理を誤ったとする。エラーならノーヒット・ノーランに影響はないが、スコアボードにヒットを表すHランプが点けば、その時点で大記録は消滅だ。

 おそらくカープの野手は終盤、「オレのところに飛んでくるな」と念じたのではないか。それでなくても、マウンド上の背番号18は、昨年10月にも、大記録にあとアウト2つと迫っていたのだ。9回は内心、冷や冷やものだったはずだ。
 カープのマエケンこと前田健太が4月6日、敵地での横浜DeNA戦で、プロ野球史上74人目のノーヒット・ノーランを達成した。許したランナーは四球の2人のみ。三塁ベースを踏ませない堂々のピッチングだった。

 一昨年にブレークした。自己最多の15勝(8敗)を挙げ、最多勝、最優秀防御率、最多奪三振、ベストナイン、ゴールデングラブ賞、沢村賞の投手6冠に輝いた。
 この年、何度かヒザを交えて話したが、彼が発する言葉は、とても22歳のそれではなかった。

 一例をあげるなら、マエケンは投げ込みを好まない。その理由を尋ねると、こんな言葉が返ってきた。
「僕は投げ込まなくても、もうフォームは固まっているという考え方なんです。一応、プロ野球選手なので(笑)。12月と1月、たった2カ月ピッチングをしなかったくらいでフォームを忘れるようなら、(そういう選手は)プロじゃないと思います」
 普通、これだけはっきりと自分の考えを口にすると、首脳陣や先輩から煙たがられるものだが、マエケンにはそれがない。和して同ぜず――。彼の生き方を見ていると、そんな言葉が思い浮かぶ。

 これは打撃コーチをしていた頃の小早川毅彦から聞いた話。
「カープの一軍の寮は三篠(当時)にあるんですが老朽化していて誰も風呂に入らない。皆、シャワーで済ませる。ところが彼だけは練習後も試合後も湯船にしっかりつかり、疲れをとっていた。おそらく彼は体のメンテナンスのことを考えてそうしていたと思うんです。成功するのは、こういう選手です」

 しかし、昨季は辛酸を舐めた。前年の疲れが残っていたのかもしれない。何とか2桁勝利(10勝)こそマークしたものの、黒星は12を数え、防御率も前年の2.21から2.46に落とした。低反発の統一球、いわゆる“飛ばないボール”のアドバンテージを生かすことができなかった。
 その反省もあってか、今季はキャンプから仕上がりの早さが目立った。「例年になく調子がいい。今年は自分でも期待しているんです」と語っていた。
 出だし好調のカープ。マエケンが一昨季並みの活躍を見せれば、15年ぶりのAクラス、いや、それ以上が狙えるかもしれない。

<この原稿は2012年4月29日号『サンデー毎日』に掲載されたものです>

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