スライダー、フォークボールは当たり前。チェンジアップ、カットボール、ツーシーム……。近年のプロ野球は変化球花盛りだ。海を渡ったダルビッシュ有(レンジャーズ)にいたっては、12種類の変化球を操るというのだから驚きだ。
 そんななか、最近はカーブを得意にするピッチャーがめっきり減った。現役でカーブの名手と言えば岸孝之(埼玉西武)と三浦大輔(横浜DeNA)ぐらいか。
 かつてはカーブこそが変化球の王様だった。金田正一、杉浦忠、堀内恒夫、外木場義郎、江川卓、工藤公康……。カーブの名手をあげれば切りがない。いわば名投手の必需品だった。

 なぜカーブの使い手は激減したのか。野村克也がこの春に上梓した自著『理想の野球』(PHP新書)で独自の見解を披露している。
<最近の少年野球では、カーブをはじめ変化球を投げることが禁じられている。その理由は、子供は骨が未発達なため、正しい指導を受けずに変化球を投げすぎるとひじや手首など関節の故障が多くなるからだという。しかし最近のプロ野球選手がカーブを打つのが下手なのは、子供のころからカーブを見て育っていないことにも一因があるのではないか。>

 そして、こう続ける。
<ピッチャーをやりたがる子供はみな、変化球に憧れる。むしろ正しい指導をしてやるべきではないのか。関節だけで大きなカーブが投げられるわけではない。正しいカーブを投げるために、全身の正しい使い方を教えることこそが必要なのだ。子供たちは、この日岸が巨人打線を手玉に取ったカーブを、球場で、テレビで、目を輝かせて見つめていたことだろう。彼らは、どうやってこのカーブを投げるのか、そしてどうやってプロの打者が打っていくのかも知りたいはずだ。そうした好奇心や興味がすべての努力の源となるということを、忘れてはならない。>

 正論だろう。変化球の投げすぎで少年時代に関節を故障する。それはあってはならないことだが、だからといって一律に禁じてしまうのはどうか。
 ルール上、ストレートしか投げられないということになれば、体の発達が早く、パワーのある少年が有利に決まっている。“柔よく剛を制す”あるいは“小よく大を制す”。その喜びを教えることも少年時代には必要ではないのか。

 といって、変化球の使用を禁じる指導者を批判する気にはなれない。というのも、少年野球の指導者の中には勝利至上主義に染められたものも多く、オーバーユース(使いすぎ)に警鐘を鳴らす医療関係者も少なくないからだ。
 考えるに、この問題はAかBかでは解決しない。つまり変化球を「投げさせろ」でもなければ「投げさせるな」でもない。少年たちの創意工夫を温かく見守りつつ、これ以上投げるとリスクが生じると判断した時には早めに遮断機を降ろす。そういう指導が求められているのではないだろうか。

 話をプロ野球に戻そう。球界きってのカーブの使い手である岸の投げ方は独特だ。縫い目に沿って中指と親指をかけ、その間からボールを抜く。その際、人指し指は使わない。手首をひねったり、こねたりもしない。
 それについて、本人はこう語っていた。「誰かに教わったわけじゃないんです。小学生の頃、遊びで投げているうちに覚えた。最初はボワーンとした軌道でした。少年野球では審判から“カーブはダメだ”ってよく注意されましたけど(笑)」

 もし少年時代、審判の指導に従ってカーブを封印していれば、今の岸はなかったかもしれない。カーブという“魔球”を手にしたことで細身の少年は自信を付け、プロ野球を代表するピッチャーにまで成長したのだ。この事実も忘れてはならない。

<この原稿は2012年4月12日付『電気新聞』に掲載されたものです>

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