弱い国に弱い“日本らしさ”の打破に期待
「日本のサッカーとは?」
そう聞かれたとする。W杯ロシア大会の前に聞かれたとする。
わたしだったら、答えられなかった。
目指してほしいサッカーの方向性はあった。日本人らしいサッカー。つまりは、緻密で、計画的で、秩序だったサッカー。具体的なイメージとしてあったのは、スペインという国の中では勤勉な民族性で知られるカタルーニャで花開いたいわゆる“ティキタカ”であり、徹底して地上戦にこだわったメキシコのサッカーだった。
もちろん、理想が簡単に形になるほど現実は甘いものではない。大会直前に監督を交代した日本は、予想を上回る健闘をみせたものの、第三者はもちろんのこと、当事者たる日本人にも「日本のサッカー」を印象づけることはできなかった。
なので、驚いている。
カタールで行われているU-17W杯で、日本がベスト32に駒を進めた。アフリカ王者モロッコと、欧州王者ポルトガルを下しての1次リーグ突破だった。その戦いぶりに「日本らしいな」と感じた自分に驚いているし、対戦国のメディアやファンが「日本らしい戦いぶり」と評していることに驚いている。
では、わたしは、彼らは、どんなところに「日本らしさ」を感じたのか。
ハイプレスである。
ボールを保持した相手に高い位置から圧力をかけるスタイルは、何も日本が生み出した新戦術というわけではない。だが、3年前のW杯カタール大会以降、数多(あまた)の強豪国を苦しめ、葬ってきたのは強度と頻度の高いハイプレスだった。
この戦術の有効性については、もはや全世界が認知していると言っていい。ただ、選手の体力や集中力には限界があり、目下のところ、世界のどんなトップチームであっても、90分を通じてハイプレスをやり続けられるチームは存在しない。
日本にしても、フルタイムで圧力をかけ続けられるわけでは決してない。だが、日本人ならではの献身性と自己犠牲の精神が、他国よりも少しだけ、ハイプレスの回数と連動性を高いものにしている。そこに、他国は日本という国のイメージをダブらせつつある。
ひょっとすると、これは凄いことなのかもしれない。
W杯で上位を争う国は数あれど、ユニホームを見ただけでサッカーをイメージできてしまう国は、それほど多いものではない。
ブラジル=奔放。ドイツ=規律。イタリア=堅守。スペイン=ティキタカ。では、イングランドは? フランスは? あるいはクロアチアは? ベルギーは? 時代によって、選手によって、展開されるサッカーの質と方向性が変わる国の方がむしろ一般的と言っていい。そもそも、大切なのは結果のみであって、代表チームで自分たちらしさを発揮しようと考える国の方が少数派かもしれない。
もっとも、最近の日本にはありがたくないイメージも定着しつつある。
ポルトガルとモロッコ相手に22失点を喫したニューカレドニアに、日本は無得点で引き分けた。ドイツとスペインを倒しながら、コスタリカに苦杯を喫したW杯カタール大会のこともあり、言われ始めたのが「強い国には強いが弱い国には弱い日本」である。
本来、強い国は弱い国にはもっと強いはずで、個人的にはこの風説、かつて存在した「アジアの壁」的な妄想だと思っている。越えれば、消える。まずは、ベスト16進出をかけて南アフリカと対戦するU-17日本代表の奮闘を期待したい。
<この原稿は25年11月13日付「スポ-ツニッポン」に掲載されています>