ラスベガスにも野球チームがあると聴けば、驚く人は多いのではないか。
 この名高いギャンブルタウンに本拠地を置くのは、トロント・ブルージェイズ傘下の3Aチーム、ラスベガス51s。ロスアンジェルス・ドジャース傘下だった時代には中村紀洋選手も101試合に出場したこのチームに、今季は五十嵐亮太が所属している。
(写真:その笑顔をメジャーの舞台で再び見れる日は近いのか Photo By『野球小僧』編集部)
 過去2年はメッツで通算防御率5.74と力を発揮し切れなかった五十嵐は、昨秋にはドミニカ共和国に渡り、その後、パイレーツとマイナー契約。パイレーツからは開幕直前にメジャー契約を結ばないことを通告されるも、直後にブルージェイズからトレードの声がかかった。そして開幕からラスベガスの3Aチームの一員として投げ、メジャー昇格の日を待ち続けている。

「早くメジャーで力を試したいなぁ」
 5月上旬のラスベガスで、五十嵐は何度かそんな言葉を繰り返した。
 3Aでの五十嵐は16試合で18イニングを投げて防御率1.00、24奪三振と完璧。4月27日以降の8戦では1失点も許していない。マイナー相手では格の違いを見せつけるようにねじ伏せるケースが多いようで、本人も“もう、ここで証明できることは残ってない”と考えているようであった。
(写真:51sの監督は日本でもお馴染みのマーティ・ブラウン Photo By『野球小僧』編集部)

「マイナーでは変化球でストライクが投げれれば抑えられる。だから僕はここでは抑えられるんですよ。ただメジャーに行ったら、変化球の精度も問われてくる。ストライクを取るだけでなく、質の高い球を常に投げ続けなければならない。その部分がメジャーと3Aの最大の違いですね」

 そう語る五十嵐にとって、今回のマイナー滞在中、最大の収穫はカーブに磨きをかけられたことだという。昨夏から秋にかけて手応えを掴んだスライダーに加え、カーブでも三振が取れるようになった。さらに「これからフォークも進化させたい」と語るなど、向上心は衰えを知らない。
 
 150km以上の豪球を思い切って投げ続ければ良かった日本時代とは違い、速いだけでは簡単に弾き返されてしまうのがアメリカだ。壁に直面した五十嵐は、変化球の精度を上げることで生きる道を探ってきた。
(写真:51sの本拠地キャッシュマンフィールドは収容人員1万弱。やはりメジャーと比べると規模が小さい)

 昨季はマイナーとメジャーを行き来し、メッツとの2年契約を終えたオフにはウィンターリーグで調整するためにドミニカ共和国へ。日本からも魅力的なオファーはあったというが、メジャーで活躍するという目標を諦めなかった。
「多くのチームでプレーして、さまざまな経験ができました。アメリカでやることによってより良い自分になることができる。投手として一回り大きくなれているという実感はあります」 

 もともと思慮深さを感じさせる選手である。接する人間との間に壁を作らず、良い意味で常に何かを得ようとする気持ちが伝わって来る。新たな適応を余儀なくされた過程で、投手として、そして1人の人間としても幅が広がっているという手応えはあるに違いない。

 ただ……プロのアスリートであれば、分かりやすい形で結果を出さなければいけない時期が必ずやってくる。
 今季は好調な滑り出しをみせたブルージェイズだが、5月5日以降は5勝7敗と失速気味。セーブ失敗数ではリーグ最多というブルペンに、てこ入れが必要になる時期は遠からず訪れるはずだ。そして五十嵐がこのまま好成績を保てば、チーム首脳陣の目を引かないわけがない。

 過去2年の成績を考えれば、もうメジャーリーガーとしては後がない。しかし、打者有利と言われるアメリカン・リーグ東地区に属するブルージェイズで役割を見出せば、周囲の評価も一気に変わる。
(写真:渡米以来、さまざまな場所でアメリカ国歌を聴いてきた Photo By『野球小僧』編集部)
 
 メジャー昇格後の具体的な目標を尋ねても、五十嵐は「まだ上がってないので考えられないですよ」と笑った。しかし、もちろん昇格だけがゴールというわけではない。「この地区で活躍すれば(注目度は)大きいですよ」と声をかけると、「やっぱりそうですよね」と目を輝かせた。

 チーム力の全体的な向上を感じさせるブルージェイズにおいて、ブルペンの一員として活躍後、中継ぎを補強したい強豪チームへ移籍、あるいは、ある程度納得できる数字を引っさげて日本に帰国する……それらすべての魅力的なオプションは、メジャーで結果を出したときに初めて可能となる。

 ニューヨーク、ドミニカ共和国、ラスベガスと続いた長い旅の果てに、間もなく33歳となるリリーバーはどんな答えを出してくれるのか。集大成と言える勝負のときは、もう間近に迫っている。


杉浦大介(すぎうら だいすけ)プロフィール
1975年生、東京都出身。大学卒業と同時に渡米し、フリーライターに。体当たりの取材と「優しくわかりやすい文章」がモットー。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、ボクシング等を題材に執筆活動中。

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