アメリカ・ネバダ州ラスベガスは、2012年最大規模となるであろうビッグファイトの到来に沸いている。
 5月5日にMGMグランドガーデンで行なわれるWBA世界スーパーウェルター級タイトル戦で、5階級制覇王者フロイド・メイウェザーとプエルトリコの英雄ミゲール・コットが激突。近年の世界ボクシング界に君臨してきたリーディングボクサー2人の対戦は、今年度上半期のハイライトだと言ってよい。
(写真:現役最強の男・メイウェザーは昨年9月以来の一戦に臨む)
 現役ボクサーの中で最も興行価値が高いのは、言うまでもなくメイウェザーとマニー・パッキャオ。そして人気面ではその2強に次ぐ存在と目されるコットが、メイウェザーと対戦するのであれば、興行的な成功はもう確実である。
 
 もっとも肝心の勝敗予想は、やはりメイウェザーの圧倒的有利に傾いている。
 パワー、バランスの良さ、確かなスキルを兼ね備えたコットは、複数階級に渡って力を発揮してきた紛れもない名ボクサーではある。ただ、そのコットにとっても、スピードで大きく上回り、ショルダーブロックなどのディフェンス技術に長けたメイウェザーにダメージを与えていくことは容易ではあるまい。試合開始当初はコットもジャブを上手く使うだろうが、その緊張感のある序盤をやり過ごしたメイウェザーが、中盤あたりから徐々にクリーンヒットの数を増やしていくのではないか。

「コットが(2008年に)アントニオ・マルガリートに敗れたのは、マルガリートがグローブに細工をしていたのだったら仕方ない。ただ、それにしてもあの試合のコットはパンチをもらい過ぎだったんじゃないか? 特に僕は他の選手たちより真っ直ぐパンチを放つから、ターゲットをより素早くヒットできるんだぜ」
 コットのディフェンスの穴を指摘した自信に満ちた言葉通り、メイウェザーは距離を上手く保ちながら、いきなり放つ右を有効に使っていくだろう。相手の手数が減った後半に、機を見てコンビネーションを打ち込んでいくスピードスターの姿を想像するのは難しくない。

 メイウェザー側の懸念材料として、これが久々の154パウンドリミットでの試合であることが盛んに語られている。確かにコットが序盤からパワーと馬力の差を活かし、執拗にボディ攻めを敢行して、メイウェザーを少しずつでも鈍らせておければ後半はおもしろくなるかもしれない。
(写真:いつも完璧に仕上げてくるコットも強敵ではある)

 しかし、まともに打たれさえしなければ体重の違いはそれほど響かない。そもそもコットにしても、下の階級から上げてきた選手である。両者の骨格には大きな違いが感じられないこともあり、ウェイトの問題が試合に致命的な影響は及ぼさないと考える。

 ともにギャンブルに出るようなタイプではないだけに、リングサイドを戦慄させるようなノックダウンは考えにくい。しかし中盤以降はメイウェザーが着実にポイントを積み重ね、コットは攻め手を失っていく。そして以前から「リング上で命を賭けるつもりはない」と語っていたコットが、第10ラウンド終了時あたりで試合のストップを申し出て……。このような流れで、メイウェザーがTKO勝ちを収めると筆者は考えている。

 半ば外れて欲しい予想だが、中盤以降はほぼワンサイドになるのではないか。結局は「最も盛り上がったのは試合開始のゴングが鳴るまでだった」という展開になったとしても、特に驚きはしない。
(写真:試合前のセレモニーも華やかだった)

 続いて、メイウェザーがこの試合を無事にクリアしたと仮定して、今後の彼がどんな方向に向かって行くかについても触れておきたい。
 元恋人相手の暴行罪などで有罪となったメイウェザーは、6月1日からラスベガスの刑務所に87日間に渡って収監される予定だ。ただ品行方正であれば早期釈放もあり得ると伝えられ、そうなった場合には昨年同様、9月のメキシコ独立記念日に合わせて次の試合を行なうことも可能になる。9月が難しいとしても、メイウェザー本人も年内に、もう一戦行ないたい意向を明らかにしている。

 その際の相手として誰もが望むのは、もちろん戦わざるライバル、パッキャオとの現代最強決戦である。長く待望されたこのビッグファイトもそろそろ賞味期限は切れかかっており、今秋がほとんどギリギリのタイミングと言える。

 ただ、状況はまったく好転していない。コット戦のためにべガス入りした直後、メイウェザーはパッキャオをステロイド使用者だと決めつけ、「お金より健康の方が大事だ」とドリームマッチの可能性を暗に否定。さらに今回のコット戦でメイウェザーがパッキャオが敬遠している154パウンドでの戦いを選択したことも、2人の直接対決をさらに遠ざける重要な要素と言ってよい。
 こうしてメイウェザー対パッキャオ戦は、またも持ち越し(あるいは永遠にお蔵入り?)が濃厚。急転直下でまとまるとすれば、両雄のうち、どちらかが次戦で敗れて興行価値が目減りした場合ではないか。

 パッキャオの線が消えたとき、次期対戦相手の有力候補として浮上しそうなのが、メキシコの新星サウル・“カネロ”・アルバレスである。ここまで39勝(29KO)0敗1分という好成績を積み重ねて来たアルバレスは、そのアグレッシブなスタイル、甘いマスクと相まって、特にメキシコでは人気爆発。フリオ・セサール・チャベスJrをも凌駕し、現役メキシコ人ボクサーとしては最大の興行価値を得るに至った。
(写真:サウル・アルバレスも注目の若手ボクサーだ)

 ただ、正直言って、筆者はまだこのアルバレスの能力をそこまで信用しているわけではない。スター性の高さは認めるが、昨年9月に中堅のアルフォンソ・ゴメスあたりに苦戦した姿を見る限り、ボクシング界に数多い“創られたヒーロー”である可能性もゼロではなさそうだ。そして筆者と同じような疑いを抱く関係者が、アメリカ国内に少なからず存在するのも事実である。

 そのアルバレスにとって、懐疑論を吹き飛ばし、真価をアピールする場が今週末に用意された。メイウェザー対コット戦のセミファイナルで、アルバレスは40歳になった老雄、“シュガー”・シェーン・モズリーを相手に、自らが保持するWBC世界スーパーウェルター級王座の防衛戦を行なうのだ。

 モズリーは過去3戦で2敗1分と衰えが顕著。それでもこれまで対戦相手の質に疑問が呈されてきたアルバレスにとって、この試合は重要なテストマッチになると目されている。ここで“カネロ”は逞しい姿をアピールし、メイウェザーの王冠を狙う次世代の覇者候補として名乗りを上げることができるかどうか。

 メイウェザー、アルバレスともにゴールデンボーイ・プロモーションズ(GBP)傘下のため、両者の直接対決をまとめることは難しくない(注/メイウェザーは厳密には自前のプロモーション会社所属で、GBPとは提携の形)。冒頭でメイウェザー対コットは今年、最も興行価値の高いカードだろうと書いたが、もしもメイウェザー対アルバレスが年内に上手くプロモートされた場合、この“新旧対決”にもかなりの話題が集中することは間違いない。
(写真:MGMグランドガーデンも準備万端)

 そういった意味でも、今週末の興行ではセミファイナル、メインイベントの両方に注目が必要である。メイウェザーは大方の予想通り、コットに圧勝を飾るのか。アルバレスはここで実力を証明できるのか。そして同時期に次戦(6月9日/対ティモシー・ブラッドリー)の調整のためにアメリカに入ったパッキャオは、この日の結果について何らかのコメントを残すのか……。
 5月5日が終わるころには、世界ボクシング界の近未来予想図が、うっすらと見えてくるかもしれない。


杉浦大介(すぎうら だいすけ)プロフィール
1975年生、東京都出身。大学卒業と同時に渡米し、フリーライターに。体当たりの取材と「優しくわかりやすい文章」がモットー。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、ボクシング等を題材に執筆活動中。

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