いよいよ、ブラジルW杯アジア最終予選が始まります。日本にとっては、いきなり3連戦というヤマ場です。運命の戦いを前に、果たしてザックジャパンの体制は万全なのか。すでにシーズンを終えた海外組のコンディショニング、バックアップ戦力の底上げはどうか……。これらを確認する先日のアゼルバイジャン戦は2−0の快勝。少なくとも、準備に不足はないと感じました。
 タメをつくれる存在

 海外組で目を見張ったのは、昨年8月以来、9カ月ぶりの代表復帰を果たした本田圭佑(CSKAモスクワ)でした。なぜなら、アゼルバイジャン戦では、トップ下とボランチのちょうど中間あたりでプレーしていたからです。彼はこれまで、代表ではトップ下でプレーしていました。前線でパスを受け、強引にでもドリブルで前進し、隙あらばシュートを打つ。自らがゴールに向かうアタッカーとして日本を牽引していたのです。

 しかし、この試合、本田は単なるアタッカーではなく、タメをつくる存在として機能していました。アルベルト・ザッケローニ監督が就任以来、掲げているのはタテに速いサッカーです。しかし、いくら香川真司(ドルトムント)や前田遼一(磐田)といった技術の高い選手がいても、準備が整わないうちにボールを入れるだけではうまくいきません。その点、アゼルバイジャン戦では本田がセンターサークル付近で、持ち前のフィジカルの強さを活かしてボールをキープする場面が多く見受けられました。本田がタメをつくることにより、日本が守から攻へ移行する際に、味方に準備時間を与えていたのです。このタメによって生まれたのが前半43分の先制点でしょう。本田は自陣にいた長谷部誠(ヴォルフスブルク)からのパスをピッチ中央で受け、後ろから相手に体を寄せられながらもワンタッチでつなぎました。これにより、長谷部が攻めあがるスペースと、ゴールを決めた香川が裏へ抜け出す時間を生み出していました。

 自分で突破するだけではなく、うまく周りの選手を生かす。アゼルバイジャン戦の本田は、うまく日本の攻撃のコーディネートしていました。もともと、彼はパサーとして頭角を現した選手ですから、ゲームをつくる能力は高いものがあります。現在の代表ではボランチの遠藤保仁(G大阪)がゲームメーカーの役割を担っていますが、本田もその一翼を担うことによって、攻撃のレパートリーは増えるはずです。
 もちろん、だからと言って、本田がつなぎの役割に徹するわけではありません。彼にはアタッカーとしてのゴールも求められています。トップ下よりポジションが下がるとゴールは遠くなりますが、その分、ボールを持った際、バイタルエリアにスペースができるケースも増えていきます。この試合ではあまり見られませんでしたが、スペースのギャップを使った強烈なミドルシュートも今後は見られることでしょう。
 
 宮市、森本は攻撃のアクセントに

 バックアップの戦力に目を移すと、宮市亮(ボルトン)や高橋秀人(FC東京)、酒井宏樹(柏)がA代表デビューを果たし、それぞれいいパフォーマンスを見せていました。なかでも最も大きなインパクトを残したのは宮市です。ピッチに入ったばかりの時間帯は緊張からか足がもつれる場面もありましたが(苦笑)、徐々にゲームの流れに入ることができていました。彼がみせたスピードは相手DFにとって脅威だったはずです。

 アゼルバイジャン戦では後半からの途中出場でしたが、私は最終予選も同じ起用法で良いと思っています。後半20分を過ぎた時間帯はピッチ上の選手にとって、一番苦しいタイミングです。体力はもちろん、瞬発力が落ち、反応や判断の早さも鈍ってきます。そこに宮市のような圧倒的なスピードで仕掛け倒せる選手を投入すれば、DFは対応できなくなっていきます。先日の試合でいえば、後半31分に左サイドでドリブルを仕掛け、ゴールラインのギリギリでクロスを上げたシーン。少し強引ではありましたが、結果的に岡崎慎司(シュツットガルト)のシュートへと持ち込みました。

 このような突破力は最終予選でもポイントになってきます。対戦相手が守りを固めても、サイドからの思い切った仕掛けで、ゴール前の相手DFは横から入ってくるボールと、前へ飛び出してくる選手の両方を気にする必要が出てきます。相手がボールに注意を奪われたスキに、前線の選手がマークを振りほどき、そこへピンポイントでクロスを入れる。こうなるとDFは対応が難しいものです。先にあげた岡崎のシュートが数的不利な状況でも打てた理由がここにあります。ですから、宮市にはどんな時間帯で起用されても、持ち前の仕掛けるスタイルを貫いてほしいものです。

 ただ、彼の突破力を活かすにはひとりの力では不可能です。たとえば左サイドで宮市がボールを持った時は、長友佑都(インテル)がオーバーラップをしてDFを引き付けるといったサポートが重要なのは言うまでもありません。宮市が前へ仕掛けにくい状況なら、一度、後ろにパスを出させ、相手DFを誘い出したところでアーリークロスを入れるといった工夫も求められます。宮市をうまく使いながら、チーム全体で波状攻撃を仕掛ける。これができれば、いくら相手が守りに徹してきても怖くはないでしょう。

 もうひとり、アゼルバイジャン戦で驚かされたのが森本貴幸(ノバーラ)です。前半17分、PA内中央で長谷部からの速いパスを左足でピタリと止め、次の瞬間には右足でシュートを打っていました。惜しくもオフサイドの判定でゴールにはならなかったものの、「これぞストライカー」と思わせられたシーンでした。このシーンのようにDFラインとの駆け引きに勝ってボールを受け、正確なトラップでキープされれば、もうDFはどうすることもできません。PA内ですから後ろから強引なプレスで倒してしまえば、PKを与える可能性が高くなるからです。この試合は腰を強打して負傷交代となりましたが、最終予選のメンバーにも選ばれていますし、問題はないでしょう。ハーフナー・マイク(フィテッセ)や前田遼一(磐田)に代わって、試合の途中から入り、攻撃のアクセントになることを期待しています。

 オーストラリア戦はサイドにも注意を!

 一方、守備においては何度かいただけないシーンがあったことも事実です。たとえば栗原勇蔵(横浜FM)は左サイドで相手に簡単に振り切られていました。いち早くカバーに戻り、傷口を広げなかった点は評価できますが、一発で抜かれてしまっては意味がありません。DFのセオリーは、第1にインターセプトを狙う。次に、ドリブルやパスのコースを切った上でボールを奪いに行く。第3に、相手のプレーを遅らせて、味方が守備組織を構築するまでの時間を稼ぐことです。これらの状況判断をいかに早く適切に行えるかが大切です。栗原が抜かれた場面は第3の選択をすべきだったように思います。守備の人数が揃っていませんでしたから、中へのコースを切り、相手を外へ押し出す。少なくとも味方のサポートを待つ時間をつくってほしかったです。

 伊野波雅彦(神戸)にしてもクロスボールに対してマークを見失う時がありましたし、守備陣の強化はまだまだといえます。最終予選では今野と吉田が戻ってくるため、アゼルバイジャン戦よりも最終ラインは落ち着くでしょう。しかし油断は禁物です。今一度、守りの約束事や連係を確認して最終予選に臨んでほしいと感じます。

 最終予選で日本はオマーン、ヨルダン、オーストラリア、イラクと同組になっています。楽に勝てる相手は1つもありませんが、勝てない相手も1つもありません。1年間に及ぶ長丁場の戦いを優位に進めるためにも、この3連戦、特にホーム2連戦は勝利しておきたいところですね。

 最大のライバルはやはり、3連戦の最後にアウェーで激突するオーストラリアです。ジョシュア・ケネディ(名古屋)を筆頭に、体格の大きさを活かし、ロングボールを多用することで、日本とはまた異なるタテに速いサッカーを展開してきます。裏を返せば、細かいビルドアップはしてこないはずです。

 となると、日本は自陣サイドでゴール前にチャンスボールを出させないことがカギになります。ロングボールを放りこまれても、しっかり競りに行くことと、セカンドボールをケアすること。この「チャレンジ&カバー」を徹底すれば無理なく対応できます。むしろ怖いのはサイドからのクロスボールです。サイドを攻められた際には素早くアプローチをかけ、外へ追い込みながら対応する。ボールを奪えなくても、相手にグラウンダーの横パスやバックパスを選択させられれば、ピンチは防げます。

 最悪なのは、裏をとられたり、スピードで振り切られたりしてフリーでクロスを上げさせることです。精度の高いボールを上げられれば、ケネディの絶対的な高さを防ぐことは難しくなります。そのため、クロスを上げられるにしても、最後まで体を寄せに行って簡単に蹴らせないことが重要です。これはオーストラリア戦に限った話ではありません。オマーンもヨルダンもカウンターからサイド攻撃を仕掛けてくることが予想されます。クロスを上げさせない。上げられても簡単に蹴らせない。クロスボールへの対応は最終予選を通じたポイントとなるでしょう。

 私も経験しましたが、最終予選となると、対戦相手から受けるプレッシャーや気迫はそれまでの予選とは比べ物になりません。気持ちで負けないことはもちろん、状況によって自分が今、何を求められているのかを常に考えながら、個の力を発揮する。そうすれば自然とチーム全体が同じベクトルを向くはずです。個々が役割をしっかり果たし、チーム一丸となって予選を突破してほしいと願っています。

●大野俊三(おおの・しゅんぞう)<PROFILE>
 元プロサッカー選手。1965年3月29日生まれ、千葉県船橋市出身。1983年に市立習志野高校を卒業後、住友金属工業に入社。1992年鹿島アントラーズ設立とともにプロ契約を結び、屈強のディフェンダーとして初期のアントラーズ黄金時代を支えた。京都パープルサンガに移籍したのち96年末に現役引退。その後の2年間を同クラブの指導スタッフ、普及スタッフとして過ごす。現在、鹿島ハイツスポーツプラザ(http://kashima-hsp.com/)の総支配人としてソフト、ハード両面でのスポーツ拠点作りに励む傍ら、サッカー教室やTV解説等で多忙な日々を過ごしている。93年Jリーグベストイレブン、元日本代表。

*ZAGUEIRO(ザゲイロ)…ポルトガル語でディフェンダーの意。このコラムでは現役時代、センターバックとして最終ラインに強固な壁を作った大野氏が独自の視点でサッカー界の森羅万象について語ります。
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