三阪洋行(JPC委員長)<後編>「小さな成功体験の積み重ねを」
二宮清純: 三阪さんは高校生の時にラグビーの練習中の事故で頚髄を損傷し、車椅子生活となりました。
三阪洋行: 私は事故に遭ってから、いかに自分が障がいというものに対し、社会的弱者のイメージを刷り込まれていたかということに気付かされました。学校教育でも、障がいのある人の大変さばかりを伝えられていましたし、だから助けてあげなければいけない、と。実際に当事者になってみると、周りからの視線を感じたし、「みんなそう思っているんだろうな」と疎外感を覚えました。
二宮: そういった刷り込みが、逆に疎外感や分断を生んでいた、と。
三阪: そうだと思います。だから社会に出るまでは勇気がいりました。でも、それがスポーツを通して、障がい当事者の世界に入っていくことで、パラスポーツや社会に出ていく意義を知った。環境も変わっていった。特に私の場合はニュージーランドに車いすラグビーで留学したことがきっかけで、マインドが大きく変わりました。
伊藤数子: 具体的にどう変わったのでしょうか?
三阪: できないことはできないな、と。ただ、それを「できない」だけで思考を停止させるのではなく、できるようにするには、どうしたらいいかを考えるようになりました。人からサポートしてもらうこともそうだし、何か道具を工夫することも選択肢のひとつ。これが私にとっての障がい受容です。障がいを受け入れ、そこで自分は何ができるかということにスイッチが切り替わったのが一番大きかった。
二宮: 三阪さんが変わるきっかけとなった留学という体験。最近よく「体験格差」と言われますが、お金がある家庭とない家庭、中央と地方などいろいろな格差が顕在化してきています。つまり、みんなが同じような体験ができなくなっている。仮に三阪さんがニュージーランドに行っていなかったら、障がいに対する偏見は変わらなかったかもしれない。
三阪: そうです。留学前の私には、甘やかせてもらう環境を切り離す覚悟はなかった。「無理しなくていいよ」と言われれば、いつしか頑張らなくなってしまう。「やらなくても大丈夫」と言われ続ければ、それを「いや、私はやる」と答えられるほどの覚悟を持つことがなかったかもしれません。
二宮: それを踏まえると、障がいのある人が、海外に出ていく機会があってもいいですね。
三阪: はい。個人としての意見になりますが、そういったチャレンジを応援できる環境をもっとつくりたいなと思います。また海外に出ることだけでなく、成功体験をどう導くかは、すごく大事なことだと考えています。大きな目標を見過ぎるばかりに、日々の小さな成功体験を見逃しちゃいがちなんです。「自分の目標はこうだから、ここで満足していてはたどり着けない」とネガティブ思考に陥ってしまう。高い目標だけを見続けるのではなく、小さな成功体験にちゃんと目を向け、自信に繋げることが大切だと思うんです。
パラスポーツの力
二宮: 小さな成功体験の積み重ねが大事なんですね。メジャーリーグで殿堂入りしたイチローさんも同じようなことを言っていました。
三阪: 昨日より早く起きて、10分早く支度できたのも成功体験のひとつ。それは昨日より良くなろうと思う気持ちが、自分を行動させているわけです。私自身、ニュージーランドでの毎日がそうでした。昨日よりも今日は現地の人と話が長くできた。怒られ続けていた車いすラグビーのプレーも「良くなった」と褒められた。それら一つひとつの成功体験によって、「自分ではもっとこんなことができるかもしれない」「こんなことに挑戦してみよう」という意欲にガラッと変わっていった。そのことに気付いてから、半年ぐらい経った時、結構いろいろなことできるようになりました。
伊藤: そこに気付けることが重要ですよね。成功しているのに、まだだまだだと思っちゃう。三阪さんはあるインタビューで、東京2020パラリンピック競技大会が終わった後、パラスポーツの熱が下がってしまうことに対し、「最高値に留めておくのは難しいと思いますが、冷え切った状態にしてしまわないことが大事」だとおっしゃっていました。これは名言だと思います。
三阪: ありがとうございます。私は来年、アジアパラ競技大会を開催する愛知県に対しても同じことを言っています。ベストが理想かもしれませんが、ベターでも十分なんです。あとはちょっと足りないぐらいの方が長く続くと思います。
二宮: ある程度割り切った考えも必要ですよね。理想ばかり追い続けても持たない。現実と向き合い、折り合っていくことも大事です。
三阪: おっしゃる通りです。私自身、現役時代は「メダルを取りたい」と頑張っていました。ある時、スポーツ庁長官の河合純一さんから「メダルを取ることがゴールでもないし、目標でもない。取った後、自分に何ができるかどうかの方が大事だ」という話を聞きました。私は結局、現役中はメダリストになれませんでしたが、日本代表のコーチとしてリオ2016パラリンピック競技大会では銅メダルを取ることができた。その時、観客席がキラキラ輝いて見えた風景は今でも忘れられません。観客席からは「おめでとう」じゃなく「ありがとう」と言われた。この喜びや感動は、自分たちだけのものじゃないと改めて感じられた。メダルという結果を残し、そこから繋がる人が増え、何かを伝えられるチャンスが生まれる。社会を変えるきっかけをつくれることを経験したんです。
二宮: 確かにスポーツは社会を変える力がある。私は「スポーツは微力だが無力ではない」と考えています。
伊藤: それも名言ですね。
三阪: スポーツはアスリートが主役ではあるのですが、その物語には、たくさんの人が関わっている。また敵役がいるから盛り上がるし、脇役がいるから引き立つ。そうしたストーリーを書いてくれる人がいるからこそ、質が高まる。スポーツという箱には、あらゆる人に与えられるものが詰まっていて、そこからムーブメントを起こせる力がある。特にパラスポーツは社会変革を担える可能性を持っていると考えています。JPC委員長として、その魅力を多くの人に伝えられるよう、これからも頑張っていきたいと思います。
(おわり)
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<三阪洋行(みさか・ひろゆき)プロフィール>
日本パラリンピック委員会委員長。1981年、大阪府出身。高校生の時にラグビー練習中の事故で頚髄を損傷し、車椅子生活となる。8カ月間の入院生活後、車いすラグビーと出会い、4年後には日本代表に選出された。アテネ2004パラリンピック競技大会、北京2008パラリンピック競技大会、ロンドン2012パラリンピック競技大会と3大会連続でパラリンピックへ出場。ロンドン大会では副主将を務め、4位入賞という好成績を収めた。引退後は日本代表のアシスタントコーチを務め、リオ2016パラリンピック競技大会に出場。日本初となる銅メダル獲得に貢献した。2021年にはアジア・パラリンピック委員会(APC)の理事とJPCのアスリート委員長に就いた。今年10月から現職に。