第225回 イチローは「雇われのガンマン」か

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 7月23日の電撃的なトレード以降、ニューヨークではイチローへの歓迎ムードが途切れることなく続いている。
 ヤンキースがシーズン中に戦力補強を試みることは珍しくないが、10年連続オールスターにも選ばれた近代最高のヒットマシンを手に入れたインパクトは、ニューヨーカーにとっても大きかったのだろう。選手紹介の際などには、チーム内最大級と思えるほどの歓声を浴びることも多い。
(写真:電撃移籍したイチローはNYでもいちやく話題の存在になっている Photo By ダミオン・リード)
 しかし、イチローがこうやってニューヨークで活躍する時代は、いったいいつまで続くのだろうか? マリナーズとの契約最終年にヤンキースに移籍しただけに、早くも来季以降の去就が気になるところだが……。

 もともと今回のトレードは、左ひじを痛めたブレット・ガードナーの今季中の復帰が絶望的になったがゆえにまとまったものだった。2010年は出塁率.383で47盗塁、昨季も自己最多の49盗塁をマークしたガードナーは、28歳という年齢もあってチームから、より重宝されてしかるべき存在である。ケガが癒える来季には、再び正左翼手として起用されることになるのだろう。

「ヤンキースが望んでいるのは、イチローが今季の残り数カ月間に渡ってハイレベルで活躍してくれること。それ以上は求めていないはずで、2013年もブロンクスでプレ—を続けることはまずあり得まい」
 イチローの入団直後、「ニューヨーク・デイリーニューズ」紙のジョン・ハーパー記者はそう記していた。
(写真:トレード成立直後は地元紙もそのニュースを大きく伝えた)

「Hired Gun」という言葉がある。直訳すれば「雇われのガンマン」。MLBでは“短期限定のプランで、優勝を狙うチームにシーズン中に獲得される選手”のことを指す。今季で言えば7月31日のトレード期限前にドジャースに移籍したシェーン・ビクトリーノ、レンジャーズに獲得されたライアン・デンプスターらがこのタイプで、契約最終年の彼らが新天地に来季以降も残るかどうかは微妙なところだ。

 そして前記のハーパー記者が指摘する通り、イチローも「Hired Gun」のカテゴリーの中に含まれるのかもしれない。すでに38歳となり、昨季以来、成績ももうひとつ。そんなイチローが、長期的視野で役割を担う存在としてヤンキースから獲得されたわけではないのは事実だろう。

 その一方で、「ニューズデイ」紙のヤンキース番記者であるエリック・ボランドはこう話す。 
「今季で契約切れのニック・スウィッシャーの移籍は濃厚で、来季のヤンキースは新しい右翼手が必要になる。高齢の主力が多いチームだけに、イチローにスター級の新契約を与えるとは考えにくいのは確か。しかし、例えば今季のアンドリュー・ジョーンズのように、イチローが手頃な年俸で半レギュラー的な役割を受け入れたとすれば残留の可能性もあるのではないか」

 過去ゴールドグラブ賞10度獲得し、オールスターにも5度選ばれているジョーンズは、引退後には殿堂入りの可能性もある元スーパースターである。しかし衰えが顕著になった昨季、今季はともに年俸200万ドルというリーズブルな金額でヤンキースと2年続けて1年契約。主に左投手が相手の際に左翼手やDHとして起用され、昨季は13本塁打、今季もここまで12本塁打と渋い働きを続けている。

 左翼にガードナー、右翼にイチローとスピードタイプを2人もレギュラー扱いで残すとはやはり思えない。昨季は打率.272に終わり、今季も2割6分台に打撃成績が低迷するイチローの立ち位置は、現時点でジョーンズに近いと言えないこともないだろう。もしもジョーンズと同じような条件を飲んだとすれば、いまだハイレベルな守備、走塁で貢献するロールプレーヤーとしての残留はあり得るのだろうか。

 何人かに意見を求めていくと、ボランド氏と似たようなことを話す記者は他にも存在した。ジョー・ジラルディ監督や同僚たちは一貫して日本産のヒットメーカーへの尊敬の言葉を残し続けている一方で、地元メディアの反応は、イチローはニューヨークでは決して“アンタッチャブルな存在”ではないことを示している。
(写真:ジラルディ監督、キャッシュマンGMは来季以降の青写真にイチローを含めているのだろうか Photo By ダミオン・リード)

 もっとも、だからと言って、ヤンキースのイチローに対する評価がこれから変わっていかないとも限らない。イチロー本人の発言もニューヨークに関してはポジティブなものばかりで、今後に向けての意欲を感じさせている。この居心地の良い環境で、徐々にでも打撃の調子を取り戻し、3割近い成績を残してプレーオフでも大活躍するようなことがあれば……。

 それでも好条件での残留はないかもしれない。2009年にワールドシリーズでMVPを獲得した松井秀喜を積極的に引き止めなかったことが象徴する通り、先を見越してシビアに手を打つのがヤンキースの常套手段である。そしてもちろん、イチローにとってヤンキース残留が正しくて、今オフに別のチームに再び移籍することが失敗だなどと言いたいわけでもない。
(写真:個人としては久々になるプレーオフの大舞台、イチローはどんなプレーで魅せてくれるのか)

 しかし、ヤンキースのクラブハウスの雰囲気を「理想的」と呼んだことが示す通り、イチローが新天地の雰囲気に魅せられ始めているのは事実のようだ。そんな場所での未来も考えながら見守れば、そのプレーはより興味深く見えてくる。
 そして、移籍直後から歓迎してくれた地元ファンからさらなるラブコールが飛び出すほどの成績を残せば、今後への楽しみも膨らむというものだろう。


杉浦大介(すぎうら だいすけ)プロフィール
1975年生、東京都出身。大学卒業と同時に渡米し、フリーライターに。体当たりの取材と「優しくわかりやすい文章」がモットー。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、ボクシング等を題材に執筆活動中。

※杉浦大介オフィシャルサイト>>スポーツ見聞録 in NY
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