ロンドン五輪が開催された8月中はビッグファイトも少ないアメリカボクシング界だが、9月以降に一気にヒートアップする。2012年最後の4カ月の間には多くの重要な試合が行なわれ、ファンを喜ばせてくれそうである。
 特に現役パウンド・フォー・パウンドでベスト5以内にランクされることが多いマニー・パッキャオ、セルヒオ・マルチネス、ノニト・ドネアの3人が、来月以降に揃って出陣予定。今秋の大一番で、彼らはどんなファイトをみせてくれるか。それぞれの戦いをここで占っていきたい。
(チャベス(写真)とマルチネスが激突するミドル級頂上決戦は今年の最高試合候補となるような激闘となるかもしれない)
9月15日 ラスベガス
WBC世界ミドル級タイトル戦
フリオ・セサール・チャベスJr.(46勝(32KO)0敗1分)
vs. 
セルヒオ・マルチネス(49勝(28KO)2敗2分)

 伝説的な父の影響でデヴュー直後から注目されて来たチャベスJr.と、ここ数年は有数のエリートボクサーとして名を売って来たマルチネスがついに激突する。 
 真価が疑問視されてきたチャベスにとってはリスクが大きすぎるため、パッキャオ対メイウェザー戦以上に成立が難しいと目されてきたカード。チャベスをプロモートするトップランク社が試合実現に踏み切った背景には、ここ最近のチャベスの試合ぶりを見て自信を深めたからに違いない。

 今年に入ってマルコ・アントニオ・ルビオ、アンディ・リーといった実力者を退けたチャベスが、徐々に力をつけているのは間違いあるまい。ただ、マルチネスはこれまでとはレベルの違う相手である。成長を続ける26歳は、果たしてアルゼンチンのスピードスターに対抗できる位置にまで達したのかどうか。

 すでに37歳になったマルチネスが、少しずつ下り坂なのは確かだろう。そしてチャベスは前日計量後に大きく体重を増やすことで知られており、ファイト当日との体重差は20パウンド(約9キロ)にも及ぶと目される。メキシコの若武者は、体重差を生かして序盤からプレッシャーをかけ続けるに違いない。

 チャベスが馬力で押し切るか。あるいはマルチネスがスピードとスキルで完封するか。展開を読むのは簡単だが、どちらが勝ち残るのかを予測することは難しい。
 トーマス&マックセンターに約15,000人の大観衆を集めることが確実の好カードは、スリリングな激闘になるはず。そしてチャベスがもしも、この難関を突破すれば……そのときには、もう“偉大なるチャベスの息子”の看板は必要ない。長く実力を疑われ続けた“ジュニア”は、真のスーパースター候補として本格的に名乗りを挙げることができるだろうか。


10月13日 カリフォルニア州カーソン
IBF、WBO世界スーパーバンタム級タイトル戦 
ノニト・ドネア(29勝(18KO)1敗)
vs.
西岡利晃(39勝(24KO)4敗3分)

 3階級制覇王者を相手に、日本人チャンピオンがアメリカの地で、HBO生中継の舞台で試合を行なう。この試合は間違いなく日本ボクシング史上に残る大決戦である。
(写真:西岡だけでなく、ドネアにとっても極めて大切な試合だ)

 振り返ればパッキャオが初めて全米的な意味で名前を知られたのは、マルコ・アントニオ・バレラを番狂わせの11ラウンドTKOで下した2003年の一戦だった。その後、パッキャオの進撃とともにフィリピン人ボクサーの評価も急上昇。同国の多くの強豪が、アメリカのリングに上がるようにもなっていった。

 同じことは、他の国のボクサーにも起こりえる。果たしてドネア対西岡戦のあと、日本ボクシング界にも似たような効果がもたらされるかどうか。
 そしてこの1戦は、ドネアにとっても非常に重要なファイトであることも確かである。バンタム級時代の2010年12月にウラジミール・シドレンコ、翌年2月にフェルナンド・モンティエルを連続KOで下したあたりまでは、ドネアの評価はうなぎ上りだった。スター性抜群の新世代のエースとして期待を集め、HBOもそのファイトを4戦続けて生中継してきた。

 しかし、軽量級らしからぬパワーとスピードが売り物のドネアも、ここ3戦は続けて判定勝利。観客を喜ばすことにこだわる余り、少々強引過ぎる攻めが目立つようにもなってきた。
 特にスーパーバンタム級に階級を上げて行なった今年の2戦では、被弾するシーンも頻繁(相手のウィルフレド・バスケスJr.、ジェフリー・マセブラもそれぞれ強敵だったとはいえ)にみられた。「パウンド・フォー・パウンドのトップ5に入るボクサー」という高評価にも、少しずつ陰りが見えてきた感がある。

 そしてそんなタイミングで、ドネアは同階級No.1の難敵・西岡利晃を迎えることになる。フィリピンの雄はここでも再びKOを狙って強打を振り回してくるか、あるいはスピードを武器に勝ちに徹するか。ハイレベルなせめぎ合いが有力な一戦は、ドネアのキャリアの中でもターニングポイントとなるファイトになるだろう。

 自身のボクサー生活の集大成であり、日本ボクシング界の未来も背負った大一番に臨む西岡。“軽量級のスター候補”としての輝きと評価を取り戻すため、内容もともなった結果を出したいドネア。2人の人生が交錯する10月13日のリング上で、いったいどんな答えが導き出されるのか。
 接戦のまま、中盤まで進んでいきそうなこの試合。終盤ラウンドにスリリングな見せ場が待っている気がしてならず、その瞬間が今から楽しみでならない。


11月10日 ラスベガス
マニー・パッキャオ(54勝(38KO)4敗2分)

相手未定

 6月のティモシー・ブラッドリー戦でまさかの敗北を喫したマニー・パッキャオは、次戦を11月10日に行なうことがすでに発表している。
 相手候補と目されるのは、ブラッドリー、ファン・マヌエル・マルケス、ミゲール・コットの3人。いずれにしても再戦となるだけに新鮮味はないが、どれも非常に興味深いカードであることに変わりはない。
(写真:”疑惑の判定”とはいえ7年ぶりの敗北を喫したパッキャオにとって、次戦は絶対必勝の一戦となる)

 疑惑の判定に揺れてから約5カ月。パッキャオとブラッドリーがダイレクト・リマッチを行なえば、前戦の因縁のおかげもあって、ボクシングの範疇を越えた注目を集めることだろう。
 一時はキャリアの黄昏期にいると目されたコットだが、今年5月のメイウェザー戦では予想以上の大善戦。0−3の判定負けは喫したものの、結果的に評価を上げることにもなった。2009年のパッキャオ戦では完敗に終わったが、そのパッキャオも衰えは隠し切れないだけに、ここで再戦すればコットがリベンジを果たしてもおかしくないと見る関係者は多い。

 マルケスとパッキャオは過去3度対戦し、パッキャオの2勝1分。しかしその3戦はすべて大接戦で、特に昨年11月の第3戦では微妙な採点で勝ちを拾ったパッキャオに大ブーイングが飛んだ。今秋に第4戦が行なわれるとなれば、両者の勝負の決着をかけた大一番となる。

 パッキャオがこの3人のうちの誰と対戦することになるか、早ければ近日中にも発表される見込み。そして時をほぼ同じくして、暴行罪で収監されていた“戦わざる宿敵”フロイド・メイウェザーが出所し、こちらも年内にも復帰戦を開催するという話もある。 

 パッキャオが全盛期の力を感じさせないこと、人気ラッパーの50セントが新たなプロモーション会社を設立してメイウェザーを傘下に収めたこと(=パッキャオの属するトップランク社と犬猿の中にあるゴールデンボーイズ・プロモーションと、メイウェザーが今後は距離を置く可能性がある)などから、来春にこそ両者の直接対決が実現する可能性は高まってきたと言えるかもしれない。
(写真:親友でもある50セントが設立した”The Money Team”の看板選手となったメイウェザーは、いよいよパッキャオ戦に向かうのか)

 いまだにボクシングファンが待ち望むその決戦に向けて、パッキャオはここで負けるわけにはいかない。“最大のチューンナップ”となりかねない一戦の相手に、パッキャオとその陣営が誰を選んでくるかに注目が集まる。




杉浦大介(すぎうら だいすけ)プロフィール
1975年生、東京都出身。大学卒業と同時に渡米し、フリーライターに。体当たりの取材と「優しくわかりやすい文章」がモットー。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、ボクシング等を題材に執筆活動中。

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