「打倒・東海大学」――帝京大学野球部にとって、悲願のリーグ優勝を達成するには破らなければならない壁がある。首都大学野球リーグで63度の優勝を誇る東海大学だ。多くのプロ野球選手を輩出している名門に、帝京大は何度も悔しい思いさせられてきた。だが、勝てない相手だという印象は選手たちには全くない。「今年こそ」の思いを胸に、帝京大学野球部の挑戦は続いている。

「今年のチームには結束力がある」
 シーズン開幕前、唐澤良一監督はそう言ってチームへの手応えを語った。結束力の裏側にあるのは、一人一人が自らの役割を理解し、実行していることにあるという。だからこそ、レギュラーのみならず、途中出場の選手でもスムーズに試合に入っていくことができる。それが結果につながるというのだ。

「当然、全員が試合に出られるわけではありません。その中でチームが勝つためには自分は何をしなければいけないのかを考えることが大事。それができてこそ、チーム全体として勝ちにこだわっていくことができるんです。少しずつではありますが、帝京大学野球部としてやろうとしていることがチームに浸透してきているのではないかなと思っています」

 昨年11月、キャプテンに就任した山内一徹選手はまさに、監督が言う「自分の役割」を模索し、チームの勝利につながる働きをしている選手の一人だ。2年時から正捕手として活躍してきた山内選手だが、今季はオープン戦から後輩の木南了選手に正捕手のポジションを奪われた。最も大事な最終学年でベンチを温める自分への情けなさ、悔しい思いは一入である。それでも練習では「絶対に奪い返す」という強い気持ちを前面に出している山内選手だが、試合では「チームの勝利が一番」と気持ちを切り替え、ベンチでは人一倍、大きな声でチームを盛り上げている。キャプテンとしての役割を果たそうと、山内選手なりに考えてのことだ。

 しかし、一方で「チームの勝利を優先することに逃げていた」とも感じたという。
「オープン戦の時、接戦を制した試合後に、応援団から『いいぞ、木南。オマエが正捕手だ!』という声があったんです。この時、『自分が出ずに勝って、それで本当にいいのか?』と思いました。このままじゃ、絶対に終われないと」
 春季リーグは3試合に出場した山内選手だが、先発マスクは一度もなかった。果たしてラストチャンスとして迎える秋季リーグでは正捕手の座を奪い取ることができるのか。

 エースとしての存在

 投手を中心に最少失点で抑えて競り勝つ。これが今年の帝京大学の野球だ。チームの大黒柱はサウスポーの加美山晃士朗投手。3年秋にはチーム最多の4勝を挙げ、最終学年の今年はエースとしての自覚も十分だ。シーズン前から高い評判を得ていた加美山投手。3月のオープン戦では、今秋のプロ野球ドラフト会議の目玉として注目されている東浜巨投手(亜細亜大)と投げ合い、1−0で投げ勝っている。この勝利は加美山投手自身、チームの結束力を確信した試合でもあった。

「5回まで0−0で、6回表に打線が1点を取ってくれたんです。チーム内には僕に勝たせたいという雰囲気があって、ようやく取れた1点を、僕自身も守り切ることができた。チームに対しても自分に対しても『よし』と思えた試合でしたね」
 加美山投手はその後、早稲田大とのオープン戦でも1−0で完封勝ちを収めた。自分への自信をつかむと同時に、チームへの信頼も高まった。加美山投手はチームについて、これまでとの違いを感じていた。

「過去の帝京は、亜大や早大という名門にはなかなか勝てませんでした。でも、僕らはそれを打開したいと思ってきました。同級生たちとは『オレらの代では絶対に勝とうぜ』と言いながら、練習してきたんです。今年のチームは気持ちから負けることは決してありません」

 もちろん、同リーグの東海大に対しても同じだ。加美山投手には忘れられない試合がある。1年秋の開幕戦で対戦した東海大戦だ。当時のエースは現在NTT東日本で活躍する末永彰吾投手。初回から失点を喫してしまった末永投手は、ベンチに戻ってくるなり、「ごめん」とひと言。うなだれるエースの姿に、チームは奮起した。その裏、東海大の当時2年生エース菅野智之投手からすぐに1点を返し、試合を振り出しに戻したのだ。

 しかし2回表、またも1点を失い、勝ち越されてしまった。それでも帝京大は「エースに勝たせたい」という気持ちで一つになっていた。菅野投手から4回裏に2点、5回裏にも1点を加え、2点を勝ち越した。味方打線から大きな援護をもらった末永投手は、8回表に1点を失ったものの、1点差を守り切り、完投勝ちを収めた。1年生だった加美山投手は先輩エースの姿がまぶしく見えたという。
「あの時はチームが一丸となって、末永さんのためにも『絶対に負けないぞ』という雰囲気がありました。自分も周りからそう思われる存在のピッチャーになりたいと思ったんです」

 春は3勝を挙げた加美山投手だが、本人は納得はしていないだろう。特に7回途中に降板し、完封負けを喫した最終の東海大戦は悔しさだけが残った試合となったのではないか。秋こそは本領発揮といきたいところだ。

 選手の成長を促す“我慢”

 2年前の秋の入れ替わり戦に就任した唐澤監督が、最も重要視しているのは人としての礼儀やマナーだ。そこからチーム力が生まれるという。例えば、練習試合などで自分たちのグラウンドに相手を招いた際、これまではバラバラに相手の監督に挨拶をしに行っていたという。しかし、唐澤監督はそれをよしとせず、全員そろって挨拶するようにと指導した。こうした小さなことがチームの連携につながると唐澤監督は考えている。
「いくら絶対に優勝するぞ、と意気込んでも、チームがバラバラでは勝つことはできません。何よりもまずは選手の意識を変えて、チーム力を高めること。これができて初めて、勝利を目指すことができるんです」

 こうした指導について、選手自身はどう感じているのか。加美山投手は「監督のおかげで、考え方が180度変わった」と語っている。
「監督の教えは野球だけをやっていてはダメだということ。なぜなら、野球を辞めてからの方が人生は長いからです。ですから、社会に通用する人間にならなければいけないと。そういう監督の指導を受けてきて、僕自身、野球への姿勢が変わったと感じています。挨拶や礼儀はもちろんですが、道具一つを大事にするようになりました」

 一方、選手の意識改革を進めてきた唐澤監督は自身のテーマを「我慢」だと語る。
「リーグ戦というのは厳しい場面も多い。そうした中で、例えば2打席連続三振したからといって交代させるのではなく、3打席目は切り替えて何とかして打ってくれると信じて使い続けようと」

 その「我慢」によって、成長した一人が今やクリーンアップの一角を担う4年生の木克弥選手だ。
「2年生まであまり試合に出ることができずにいた僕を、昨年、唐澤監督が我慢をしてずっと使ってくれたんです。だからこそ、監督の期待に応えたいという思いで一生懸命練習をしてきました。監督に付っきりで指導してもらったこともあります。今の自分があるのは監督が我慢してくれたおかげだと感謝しています」

 野球部のグラウンドにはチームテーマである「感謝報恩」という文字が掲げられている。監督への恩に報いるためにも、秋こそは東海大を下し、30季ぶりとなるリーグの頂点へ――意識改革の末に積み重ねてきた結束力が帝京大野球部を確実に強くしている。

〜帝京大学体育局オフィシャルサイト〜
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(斎藤寿子)
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