「強すぎる風当たり」乗り越え台頭期待 大谷サイズのストライカー
自信。かつての日本サッカーに欠けていたもの。才能はいた。26年現在欧州で活躍している日本人選手にまるでヒケをとらない、ひょっとしたらはるかに凌駕する才能を持った選手もいた。ただ、彼らの多くは、9割9分9厘は、自らの才能が世界的に見れば取るに足らないものであるかのように感じていた。考えていた。
いまは、違う。小倉幸成は必ずしも法大が生んだ史上最高の才能ではないが、ラグビーで言うところのジャッカルを彷彿させる獰猛な守備は、明らかに世界の頂点を意識している。そういう選手が、関東大学リーグの2部にいる。これは、小倉個人の資質だけでなく、日本サッカーが時間をかけて積み上げてきた自信と実績の証でもある。
だが、自信は時に過信にも変質しうる。
U-23アジア杯決勝のスコアは4-0だった。相手のフルスペックの23歳以下、こちらは実質20歳以下。それでいながらの圧勝。もはやアジアに敵なし、といった空気が生まれるのもわからないではない。
ただ、圧勝に終わった中国戦にも、危ない時間帯はあった。韓国戦、ヨルダン戦もそうだった。中国メディアの中には「先制点を取れていればあんな結果にはならなかった」と負け惜しみともとれる論を張ったところもあるようだが、あながち大外れ、とも言い難い。
なぜヨルダン戦では「あわや」の展開になってしまったのか。ヨルダンがいいチームだった、いい選手がいたというのと同じぐらい、先制点を許した、という点も大きかった。展開次第では、日本はまだ揺れる。決勝戦の4-0というスコアのみをもって、未来を楽観するのはいささか危険である。
危険、というか自らを戒めておきたいのは、若い選手に対する評価である。まだ完成していない選手を、結果のみが求められがちなA代表の主軸と同じ目線で眺めることで、未来の芽を摘んでしまうことだけは避けたい。
実際、ほんの数年前にも日本は危うい橋を渡っている。いまはA代表の守護神として盤石の地位を築いた鈴木彩艶を、当時のメディアは、ファンは、徹底的に叩きた。もし森保監督が世論に左右されるタイプであれば、つまりその後の起用を見送るようなことがあれば、A代表の現在はずいぶんと違ったものになっていた。
優勝したことでいささか和らぎはしたものの、今回のU-23アジア杯でも似たような現象は起きていた。結果を残せなかったアタッカー、特にCF(センターフォワード)への強すぎる風当たりである。
彼らに物足りない点があったのは事実。だが、まだできないことが多い彼らには、そのサイズゆえに、彼らにしかできないこともある。とかく、日本では大柄な選手のできない点をあげつらい、小柄の選手のできる点だけを称賛したがる傾向があるが、それこそが、大型ストライカーが育ってこなかった最大の要因である。
幸い、現場レベルでは明らかに意識が変わってきており、いずれはダルビッシュや大谷、佐々木といったサイズの選手がサッカー界でも当たり前になっていくことだろう。ただ、野球界と比べると、依然としてサッカー界は大柄な選手に対して寛容ではないようにも感じられる。ファンやメディアは、特に。
とはいえ、当の本人たちに向上心がなければ話にならない。そして、向上心を結果に結びつけられなければ意味はない。今年はンワディケと道脇、2人の1メートル90ストライカーにも注目していきたい。
<この原稿は26年2月5日付「スポ-ツニッポン」に掲載されています>